少し事態が収まってからでいいけれど、次のような事柄一つひとつに、心からなる感謝を示せる国であったらいいと思う。
「その時まで(Until Then)」というよく知られたゴスペル*1を特に日本の応援歌として歌い、美しい声とともに動画にして祈りのメッセージを捧げた歌手がいる。
サモアの歌手は歌った
サモア出身、ケネス・マイキ・アイオルポティ(Kenneth Maiki Aiolupotea)という歌い手で、「その日まで、喜びを胸に、わたしは歩み続ける(Until the day, with joy I'll carry on)」という歌詞を含む歌とその動画は、すぐさまフェイスブックやトウィッターに引用され、知られていった。
彼の故郷、サモア(独立国と米領)は2009年9月29日の早朝(現地時間)、マグニチュード8.3の地震に続いて襲来した津波に大きな被害を受けた。死者の数は1週間で120を超えた。
その記憶にも駆り立てられてだろうか、米領サモアのライオンズクラブは、このたび日本を襲った災害の第一報に接するや否や、直ちに募金活動を開始した。
インドネシアでは祈りの夕べに300人
インドネシアで元日本留学生たちが1980年代に設立し、日本・インドネシア友好のシンボルとなってきたダルマ・プルサダ大学では、3月17日の夜、東日本大震災の犠牲者を悼む祈りの夕べを開いた人たちがいた。
インドネシア日本友好協会が組織したもので、300人もの人が集まり、最後は全員で合唱したのだという。参加した塩尻孝二郎大使は感涙にむせんだらしい(『じゃかるた新聞』3月19日付)。
ケニアでは長距離走選手たちが
ケニアでは3月17日、ナイロビにある日本大使館にライラ・アモロ・オディンガ首相が弔問に訪れた。
そこに同伴したのが懐かしい名前のアスリートたちである。ダグラス・ワキウリ、サミュエル・ワンジル、平成国際大学で2001年の箱根駅伝を走ったジョン・カーニー、北京五輪女子1万メートルで入賞したルーシー・ワングイといった人たちだ。
*1=Stuart Hamblen1958年作詞作曲