2018年6月、米国ウィスコンシン州の鴻海の液晶工場起工式に出席した郭台銘・鴻海精密工業会長、トランプ大統領、スコット・ウォーカー州知事(写真:AFP/アフロ)

 台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)董事長(会長)は、2019年2月2日に、前日にトランプ米大統領からの電話でアメリカへの投資を促されたことを受け、米中西部ウィスコンシン州で予定していた液晶パネル工場建設を継続すると明らかにした。人材不足や液晶パネル市況の悪化を受けて中断していた工場建設が再び動き出すことになる。一部では、この一件、鴻海の「ブレる米国戦略」と揶揄されている。

「三兎を追うものだけが三兎を得る」

 しかし、アメリカと中国との「ハイテク戦争」が激しさを増す状況下で、鴻海は米中双方に同時接近し、「三兎を追う」戦略を進めている。今回の翻意についても、筆者は、鴻海にとって「想定内」の戦略ではなかったのかと思う。

 二兎を追うものは一兎をも得ず――言わずもがなだが、あれこれ目を奪われることなく、一つのことに集中せよ、ということを教えてくれることわざだ。だが、常識や規範を破壊して前進していくタイプの人間もまれにいる。規範を知った上で、あえて規範を破壊していく人だ。

 郭台銘はまさにこのタイプだ。二兎どころか、三兎も追っている。それは「三兎を追う者だけが三兎を得る」と心得ているからに違いない。

 ではその「三兎」とは何か。鴻海が中国・広州で建設を予定している液晶工場、同じく中国・珠海で計画している半導体工場、そして前述のアメリカ・ウィスコンシン州の液晶工場の3つだ。

 米中は、知的財産権を争う「ハイテク戦覇権戦争」の真っ只中にある。この米中「ハイテク覇権戦争」も永遠に続くはずはない。終戦後に鴻海が「三兎を得る」可能性がある。少なくとも、米中の「両面戦略」が、ハイリスクではあるが、利益を生み出す可能性がある。課題は、リスクをいかに低減するかにある。この視点から本事例を読み解いていく。