皆さんの住む街の商店街で、鮮魚、本、お酒などを売る個人商店が何軒あるだろうか。ちなみに筆者の住む街で鮮魚店はゼロ、書店は3軒、酒屋もわずか1軒だけだ。

 大規模店舗が幅を利かせる中、魚屋、本屋、酒屋と「屋」がつく個人商店が次々に姿を消している。

 しかし、不況が長期化し一段と疲弊する地方都市にありながら、全国から客を呼び寄せ、気を吐く個人経営の酒店がある。

 全国の個人商店に厳しい逆風が吹く中、一体何が顧客の心をとらえているのだろうか。

扱い品目は秋田の地酒のみ

 帝国データバンクの2010年度上半期の全国企業倒産集計によると、酒小売業の倒産は39件に上り、前年同期比で50%増加した。

 同社によれば、半期ベースの集計では過去最多であり、「不況による販売不振のほか、スーパー、コンビニ、ディスカウンターとの価格競争も影響し、小規模業者を中心に倒産が続発した」。全国規模で「屋」がつく個人商店が追い込まれている姿が、同社のデータに如実に反映されている。

 今回、筆者が取り上げるのは秋田県北部の港町、能代市にある「天洋酒店」だ。

 なぜ筆者がこの店に注目したのか。その理由は、そこには不況を逆手に取るしたたかな戦略があるからなのだ。

天洋酒店の浅野氏。ケースには秋田の地酒がずらりと並ぶ

 天洋酒店の創業は1917(大正6)年、現在の店主・浅野貞博氏で3代目となる。年商は約5000万円と決して多くはない。

 天洋酒店が全国の個人経営の酒店と一線を画すのは、扱い品目が日本酒、しかも秋田地酒のみという点だ。酒どころ秋田には、38の蔵が存在する。天洋酒店はその中の10蔵、約70銘柄を扱う。

 ビール、焼酎、ワインと消費者の好みが多様化する中、なぜ日本酒、しかも県内の10蔵限定なのか。