「大国ロシアの存在誇示戦略」を展開してきたプーチン大統領
米国にとって死活的に重要な地域は、欧州、西太平洋、ペルシャ湾であるが、この3つの地域においてロシア、中国、イランおよびイスラム過激主義集団などがルールに基づく秩序を無視した行動を繰り返していて、米国は困難な対応を余儀なくされている。
本稿においては、欧州や中東においてトラブルメーカーとなっているロシアで起こっている大きな変化に焦点を当てた考察を実施したい。
ウラジーミル・プーチン大統領は、攻撃的な対外政策―私の表現としては「大国ロシアの存在誇示戦略」―を展開してきた。
プーチン大統領の決断や行動の根底には、ソ連崩壊直後から味わってきた欧米諸国に対する屈辱感がある。冷戦時代におけるソ連は、米国とソ連の2極構造の中で大国としての存在感を思う存分発揮してきた。
しかし、冷戦に敗北し、ソ連の崩壊を受けてロシアが誕生したが、そのロシアは、欧米諸国から軽く見られ、かつて存在感のあった大国ロシアの面影をなくしてしまった。愛国者プーチン氏にとっては、大国ロシアの復活は最優先の課題であった。
彼が選択したのは強いロシアの復活であり、2012年の大統領再選以降、急速に国防費を増加させ、軍の増強を図ってきた。
当時の原油価格上昇の追い風にも助けられ、ロシア軍の増強には目を見張るものがあり、その軍事力を背景として彼の「大国ロシアの存在誇示戦略」が展開されてきた。例えば、2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合に引き続き、ロシア周辺地域(バルト3国、ポーランドなど)でNATO(北大西洋条約機構)加盟国に脅威を与えている。
また、シリアにまで戦力を派遣し、中東におけるロシアの権益を保護するとともに大国としての存在感を誇示している。
しかしながら、次々と攻撃的な対外政策をとってきたプーチン大統領の戦略にも限界が見えてきた。ロシアの軍事力は、2015年をピークとして右肩下がりの可能性が高くなってきたのだ。
冷戦時代のソ連は、その経済規模に不釣り合いな軍事力の増強を推進し、国家自体が崩壊してしまったが、現在のロシアも似たような道を歩んでいるように思えてならない。
プーチン大統領の急速な国防費の増大を背景とした戦略により、ロシアが軍事大国であることを世界に誇示することができたし、世界の諸問題の解決にロシアは無視することができない存在であることも世界が受け入れたと思う。
しかし、ロシアのGDP(国内総生産)は、各種資料によると、米国、中国、日本に劣るのみならず、世界10位前後にまで落ちてしまった。
経済力で米国や中国に圧倒的に劣るロシアが、大国としての存在感を誇示し得たのは、急速な軍事力の増強とその軍事力を効果的に使うプーチン大統領の巧みな戦略に負うところが大きい。
しかしロシア経済の低迷のために、ロシア軍事力の低下は始まっているのだ。プーチン氏の「大国ロシアの存在誇示戦略」の限界が見えてきた。
2015年をピークにロシアの軍事費の減少が始まる
豪州戦略政策研究所(ASPI*1)の研究者であるジャメス・マグ(James Mugg)は、ロシアの国防費に関するリポート*2の中で図1「ロシアの国防支出」を提示し、ロシアの国防費が2015年をピークとして右肩下がりになると予想している。
今年10月、ロシアの財務大臣は、国防費を2018年までに12%削減すると発表した。その発表を受けて作成されたのが図1である。折れ線グラフは国防費の額で棒グラフは国防費の対GDP比である。
ロシアの国防費はジョージア侵攻を開始した2012年頃から急激に増加し、2014年のクリミア併合を受けて2015年にピークを迎えた。しかし、国防費も対GDP比も2015年をピークに徐々に低下する予想である。
*1=ASPI(Australian Strategic Policy Institute)
*2=“Russian defence spending: it’s the ekonomika, stupid” https://www.aspistrategist.org.au/russian-defence-spending-ekonomika-stupid/