私たちは人類史上で最も良い時代に生きている。現代は、暴力や病気によって命を落とすリスクが最も小さい時代であり、子どもたちが生きて大人になることが当たり前の時代であり、高度で公平な教育が最も普及した時代である。
とはいえ、社会には今なお深刻な対立が残っている。私たちはなぜ対立するのだろうか。そしてその対立を乗り越えるには、どのような道があるのだろうか。
未来社会のビジョンについて考える上で避けて通れない問題がある。保守とリベラル、あるいは資本主義と社会主義の間の対立だ。
アメリカ大統領選挙では、共和党のトランプ候補が、人種差別的発言などの点で著しく良識や品位を欠くにもかかわらず、大きな支持を集めて指名獲得を確実にし、話題を呼んでいる。一方の民主党側では、民主社会主義者を自認するサンダース候補が、ヒラリー候補と指名獲得をめぐって接戦を繰り広げている。
さらにトランプ候補の支持者と抗議者の間では対立が深刻化し、流血する事態も発生している。この事態が象徴するように、大統領選挙を通じてアメリカ合衆国の社会には亀裂が深まり、憎悪の連鎖が生じているようだ。
わが国でも、安保法制、原発、TPP、沖縄の基地問題などをめぐって、世論が二分している。冷静な議論と理性的な判断によって合意を追求するのではなく、イデオロギーの違いによって立場が分かれ、異なる立場の間での歩み寄りはほとんど見られない。
私たちはなぜこのように政治的に対立するのだろうか。進化を通じて獲得された「人間の本性」という視点から、この問題を考えてみよう。
政治的対立を生み出す遺伝子
人類遺伝学やゲノム科学の研究によって、ヒトのほとんどの性質に遺伝的変異があることが分かっているが、この一般則は政治姿勢にもあてはまる。
2011年に“A Genome-Wide Analysis of Liberal and Conservative Political Attitudes”(進歩的・保守的政治姿勢のゲノム規模での分析)と題する論文がシドニー大学のHatemi博士らによって発表された。ここでは、まず50項目の質問に対する回答から、リベラル~保守の程度をあらわす個人の数値として「政治姿勢の違い」が評価された。
そして、この「政治姿勢の違い」に有意に相関している遺伝子が探索され、11個の候補遺伝子が特定された。この中には、記憶や学習に関与しているNMDA型グルタミン酸受容体など、脳で発現するタンパク質の遺伝子が含まれている。
政治姿勢はまた、「ビッグファイブ」*と呼ばれる人間の基本的性格因子のうち、開放性と良心性に関係していることが分かっている。
(*)人間の主要な性格因子「ビックファイブ」に関する記事はこちら:「挑戦!本当の思考力を問う3つの大学入試問題」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46152