優れたリーダーには、ビジョンや実行力とともに、科学的思考力が必要だ。

 では、どうすれば私たちは科学的思考を使いこなすことができるのだろうか。その答えは、面倒な科学的思考を避けてさっさと結論を出そうとする私たちの脳を手なづけて、脳によく考えさせることだ。

 私たちの脳は、外界から次々に入ってくる膨大な情報を効率よく処理するために、さまざまな手抜きをしている。この手抜きは、日常生活ではかなりうまくいく。しかし、想定外の事態や、そもそも難しい問題に直面した場合、情けないほど正解を出してくれない。そこで科学的思考が必要になる。

いい加減な日常判断の欠点

 まず、私たちの脳が日常的にどのような情報処理をしているかを考えてみよう。眼からは、例えば図のような画像が時々刻々と脳にインプットされる。

 これらの画像を全部記録(記憶)して、何が起きているかを常にチェックしていては、脳のメモリーがいくらあっても足りないし、エネルギー源である糖分もやがて枯渇する。そこで、特に大きな変化がなければ、脳は新たな情報を「既読スルー」している。

 図では、一瞬だけネコが首をもたげているが(3段目の右から3つめ)、このような変化があると、脳はそのときだけ情報を受け入れる。その後、ネコがまた寝てしまえば、何事もないと判断して「既読スルー」を続ける。

 このような日常的な判断を担当する認知システムは「システム1」と呼ばれている(米国の心理学者、行動経済学者であるダニエル・カーネマン博士らによって提唱された)。私たちは多くの日常的判断を、このシステム1に頼っている。

 一方で、もしネコが起き上がり突進してきた場合には、何が起きたのだと「注意を払い」、次になすべき行動を決定する。この「注意を払う」とき、脳は糖分を消費してよく考える。この状態で起動される認知システムは「システム2」と呼ばれている。科学的思考を担うのは、このシステム2だ。

 システム1はいろいろな「モデル」を使って、外界からインプットされる情報を組み立て、判断している。その1つが、遠近法モデルだ。

 図を見れば、小さく見える遠くの円と、大きく見える近くの円は、実は同じ大きさだとみなさんは判断するはずだ。しかし、よく考えてみてほしい。図の手前側の円は実際に大きく、奥側の円は実際に小さい。同じ大きさに見えるのは、錯視(目の錯覚)だ。錯視は、遠近法モデルにもとづいて脳が情報を組み立てている証拠だ。