とにかく牛が寄ってくるのである。牛たちと並んで歩いていると後ろから頭でこづいてくる。つまずいて尻餅をつくと圧しかかるように顔を近づけてきて長い舌でぞろりと舐める。気がつくと周囲ぐるりが牛である。
うちの牛は人懐こいとよく言われますとは、今回の取材でお世話になった櫛田豊久さんの弁である。
「眼がやさしいって言われるんですよ、ほかの牧場を見てこっちへ来られた方から。牛の眼がやさしいって」
東京から東北新幹線で1時間半、新白河駅でタクシーに乗り換えて15分。「森林ノ牧場 那須」を再び訪れた。
前回編集長とともに初めて訪れたのは昨年12月で、冷たい風に小雪が舞っていた。午後も遅くなると雪は横なぐりに変わったが、容赦なく吹きつける細かな雪もものかは、牛たちは斜面をのそりのそりと歩いていた。時折牡牛が太くモーと鳴くのは闖入者を怪しんでのことだったかもしれない。
ストーブがあかあかと燃え、大きく切られた窓からガラス越しに冬の陽が差し込むカフェでいただく冷たい牛乳やソフトクリームは、まさにアミタホールディングス熊野英介会長の言う「豊かな時間」を過ごさせてくれる贅沢な味である。
山の様子は季節ごとにガラリと変わる。ことに牛を放した森林とそうでない森林とを見比べるには、木々が葉を落とした冬だけでは分かりづらい。春に再び訪れようと考えていたら口蹄疫で、全国の酪農家は対応に追われ、外部からの訪問も安易には許される状況でなくなった。
森林ノ牧場でも牛と触れ合えるエリアに入場制限がかかり、それが解けたのは宮崎市の移動制限が解除された7月の末。ようやく果たした再訪問である。