「ビジネススクールは人生を変える学校だ」。
早稲田大学ビジネススクール(WBS)のディレクターを務める根来龍之教授は確信を持っていう。

年功序列・終身雇用をベースとする雇用形態が続いてきた日本では、他の先進諸国と比べると「転職市場」が十分に発達していない。これまでは、転職するよりも、長く同じ会社に勤め、地道に成果を積み重ねる方がビジネスパーソンの生存戦略として圧倒的に得策だった。そういう事情もあり、ビジネススクールや、MBA(Master of Business Administration=経営管理修士)の価値が十分に認識されていなかった。

早稲田大学ビジネススクール ディレクター 
根来 龍之 氏


しかし、1980年代に世界を席巻した半導体や電機産業は、いまや、韓国メーカーの後塵を拝し、2000年代以降は企業の統廃合や、グローバル規模での合従連衡、不採算部門の売却が珍しいことではなくなっている。「一流大学を出て、一流企業に入りさえすれば一生安泰の時代」は終わってしまったのだ。

これからの時代、MBAは企業社会での有効な生存戦略の1つとして注目されることは間違いない。しかも、「一生安泰」という守りのためでなく、成長し、ステップアップし、もっと面白い人生を生きるためのカギを求めて、WBSの門をたたく人が増えているという。
 

短期投資としてではなく、長期投資として考える

 根来教授は「日本のほとんどの伝統的な大企業には、残念ながらMBAマーケットで経営幹部を探して来ようという発想は現時点ではない。企業を取り巻く環境は変化しても、MBAのための転職市場は未だ十分発達していない」と認める。

にも関わらず、WBSが順調に志願者を増やし、優秀な人材を輩出し続けている理由はどこにあるのだろうか。
「MBAを取っても、すぐに給料が上がる保証はない。短期的な投資としてビジネススクールに来る人は多数派ではありません。ただ、早稲田でMBAを取得して企業の役員になった人、通常のジョブローテーションでは考えづらい職種転換に成功した人、卒業後に起業した人など、既に、数多くのロールモデルを生み出している。短期的な投資回収は必ずしもできなくても、長期的な投資としては、確実に見合うものであるというエビデンスが着実に積み重ねられている」という。

実際に、根来教授が送り出した学生の中には、MBAを取得したことをきっかけに、コンピューター業界のシステムエンジニアから事業会社のマーケティング部門に転職したり、同じ会社内でエンジニアから経営企画部門へと職種転換し、新しい人生を歩み始めた人が少なくない。

「MBA取得のための勉強はかなりキツイ。ましてや、働きながら勉強をしている人の苦労は並大抵ではないため、学生同士の連帯感・結束が強い。ここで、生涯の友を得ることもできる。WBSでビジネスパートナーを見つけて、共同で起業する例も多い。短期で、給料が上がったり、すぐに経営幹部になれないとしても、ビジネススクールは、確実に人生を変える」。
 

著名コンサルのトップ経験者が名を連ねる豪華な教員

 WBSの競争力の源泉となっているのが、「理論と実践のバランスのとれた、最強の教授陣」だ。

“理論”の側では、研究者として多くの実績があり、学会の会長を務めるなどアカデミシャンとしてトップクラスの人材を揃えている。かたや“実践”側は、ボストン・コンサルティング・グループ元日本代表、マッキンゼー・アンド・カンパニー元日本支社長、クライスラージャパン元取締役社長など華々しい経歴を持ち、経営者としての実績を備えた人物を集めている。

「我々は、単なる転職支援学校になるつもりはない。企業の幹部、社会のリーダーとして相応しい人物を養成する場として、最高のレベルで理論と実践のバランスのとれた学びの機会を提供したい」というのが、WBSディレクターとしての根来教授の考えだ。

「一人一人が独自の世界を持っている教授陣には、研究・発表もしてもらいたいし、書籍の執筆にも取り組んでもらいたい。最高の質の教授陣を集めて、質を維持できる学生数で授業を行うのがWBSスタイル。老舗の和菓子屋と同じで、質を落としてまで売る気はない」。

根来教授の授業風景


ところで、想像するに、大手コンサルトップと大学教授とでは年俸の差は2倍、3倍どころではないはずだ。いったいどうやって、そうそうたるたる顔ぶれの実業界出身者を揃えたのだろうかと疑問に思うが、根来教授によれば「質の良い教員がいるところには、優秀な学生が集まり、優秀な学生が集まるところには、さらに良い教員が集まる」そうだ。

実業界出身者の中には、非常勤講師として招聘されて授業をしているうちに、真摯に学ぶ学生の姿に触発され、常勤の教授に転身した人が多いという。「実業界で実績を残した人の中には、自分の経験を次世代に伝えたい、実践の中で得た知見を理論としてまとめたいという思いがある。スキルアップ、ステップアップのために真剣に学ぶ学生が、そうした思いを引き出し、何倍もの年収格差を受け入れさせてしまうのかもしれない。そうして、いい教員が増えると、さらにいい学生が集まってくる。鶏が先か、卵が先かわからないが、教員と学生がいい人材を呼び合う好循環に入った」と自信をみせる。
 

WBSの学費だけで、パリESCPとのダブル・ディグリー

 もう1つの魅力は、2拠点で学び、早稲田MBAに加えて、提携先であるアジアトップクラスのナンヤン・ビジネススクール(シンガポール)、ESCPヨーロッパ・ビジネススクールの学位も取得できる「ダブル・ディグリー制度」だ。

ナンヤンについては、実質1年で2つの学位が取得できるメリットがある。一方、ESCPについては、相互学費免除制度によって早稲田大学への学費だけで2つの学位を取得できるメリットがある。海外のビジネススクールは一般的に1年間の学費だけでも500万円程度かかると言われる。「2年間1000万円に現地での滞在費用を加えると、一般の家庭では二の足を踏む金額だ。相対的に安い日本の学費だけで、欧州のトップクラスのビジネススクールのMBAも同時に手に入れ、世界中で働けるグローバル人材として評価されるようになれば、こんなお得な話はない」。

やはり、ビジネススクールは、人生が変えるための投資なのだ。

 

<取材後記>

 根来教授のプロフィールには「京都大学哲学科卒業」とある。哲学を学び、いったい、なぜ、国内屈指のビジネススクールのディレクターになったのだろうか、ちょっとした好奇心から聞いてみた。

大学卒業後、進学は考えず、鉄鋼会社に就職したそうだ。「仕事は面白かった。学生時代、経済学や経営学とは無縁だったので、会社の人材育成制度を活用して、会社からビジネススクールに派遣してもらったのです」。

そして、ビジネススクール在学中に、経営学の面白さに目覚めてしまったそうだ。MBA取得後、いったんは会社に戻ったものの、企業人としてステップアップするために経営学を活用するよりも、経営学そのものへの興味がつきず、結局は会社を辞め、経営学研究の道に入った。

「MBAは人生を変える学校です」―その言葉に真実味があるのは、根来教授自身の経験に裏打ちされたものだったのだ。

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