2013年初め、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」がデビューしたとき、株式市場や外国為替市場は大きく反応した。これによって日本経済が活性化し、デフレを脱却すれば賃金も上がって「好循環」が起こるはずだった。

 それから1年半余り経ち、2014年上半期の貿易赤字は約7.6兆円と史上最大を記録し、2014年4~6月期の実質成長率は年率マイナス6.8%と、東日本大震災以来の落ち込みを見せた。人手不足なのに、6月の実質賃金は前年比マイナス3.2%だ。いったい日本経済に何が起こっているのだろうか?

黒田総裁は原因と結果を逆に見ている

 日本銀行の黒田東彦総裁は、今年のジャクソンホール講演で、この現象を次のように説明している。

 2000年代、デフレ圧力が強まる中、企業の販売価格が低迷しました。売り上げが伸びない以上、収益を確保するための主たる手段は、人件費をはじめとする経費の削減になりました。人件費の抑制は、まず、雇用の非正規化という形で行われました。

 

 つまり「デフレが賃下げの原因だ」というのだが、これは本当だろうか。図1は1990年以降の消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)と名目賃金指数を完全失業率と比べたものだ。

図1 物価・賃金と失業率(右軸、%)、出所:総務省・厚労省

 90年代の初めから失業率が上がり始めたが、名目賃金も物価も上がっていた。ところが金融危機で失業率が急増した1998年から賃金が下落に転じ、ここから1年遅れてCPIがゆるやかに下がり始め、デフレになった。失業率は2002年をピークにして下がり、最近は4%以下で推移している。

 この図からも明らかなように、賃下げがデフレの原因であって、その逆ではない。賃下げは時間的にデフレに先行し、変化率も物価のほぼ2倍だ。これは賃金コストが価格の半分を占めるからだ。その逆に、物価が1%下がったとき賃金を2%下げるという労使交渉はあり得ない。

 このように2000年代に賃金が下がり続けたことが、日本だけデフレになる一方、失業率が低い原因である。日本の企業では、雇用を守るために企業収益と賃金の比率が一定に保たれ、賃金が業績に応じて上下する一方、失業率はあまり上がらない。

 だから「インフレにすれば賃金が上がるはずだ」という黒田氏の話は、因果関係を逆に見ている。結果を変えても原因は変わらないので、「デフレ脱却」しても名目賃金は上がらない。それが今、起こっていることだ。