金門島の歴史的経験を題材に離島防衛のあり方を論じた「中国の侵攻を撥ねつけてきた台湾の小さな島 金門島に学ぶ国境離島を防衛する方法」(7月25日)に引き続き、今回も抑止と防衛にかかわるトピックを取り上げたい。7月末に米国が公式に断定した、ロシアの中距離核戦力(INF: Intermediate-range Nuclear Forces)全廃条約(以下、INF条約)への違反を巡る戦略論争についてである。

 「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙の報道によれば、オバマ政権は7月28日、ロシアがINF条約に違反する地上発射型巡航ミサイルの試験を行っていると断定した。オバマ政権はその事実を翌日公表した国務省の報告書で明らかにするとともに、プーチン大統領に書簡を送り、米ロ間の協議開催を要請した。オバマ政権は2008年1月、ロシアのINF条約違反について、NATOをはじめとする同盟国への通告を行っていた。

 この話、実は欧州のみならずアジアの戦略環境をも一変させかねない重大性を持つ。米国のみならず、日本自身も当事者と言ってよい話なのだ。しかし、どうも日本での注目がいま一つ弱いように思う。この問題がグローバルな戦略観の下でまだ十分に認識されていないのかもしれない。

 仮にロシアがINF条約から脱退して再びINFを保有するようになれば、その矛先は欧州のみならず日本や中国にも向けられる。このことがまず、当然ながら重大だ。ところが、影響はそれだけに留まらない。仮にロシアがINF条約から離脱するとすれば、米国ももはやそうした条約に拘束される必要はなくなるのである。

 このことは、米国が新たにINF相当のミサイルを開発・配備できるようになることを意味する。日米が中国に対して通常弾頭型の中距離/準中距離の弾道ミサイル配備において劣勢に置かれている現状を勘案すれば、INF条約の廃止はそうした劣勢を打開するチャンスになるかもしれない。

 いずれにしても、ロシアのINF条約違反は、アジアの戦略関係を根本から変化させかねない重大性を持つ話なのである。

INF条約とは何か

 まずINF条約とは何かを振り返っておきたい。これは、1987年12月に米ソ間で締結された、中距離核戦力(INF)の全廃条約である。INFとは何かと言うと、射程500~5500キロメートルの核弾頭および“通常弾頭”を搭載した地上発射型の弾道・巡航ミサイルのことである。INF条約はこうした兵器を米ソが全廃することを定めた条約であった。

 なぜこのような条約が締結されたのか。ソ連は1970年代後半からSS-20と呼ばれるINFを欧州に前方配備し、「欧州諸国は狙えるが米国は狙えない」態勢を作り上げた。そのことによって欧州諸国に、「欧州に限定したソ連の核攻撃に対して、米国は自らが核攻撃されるリスクを冒してソ連に核反撃の威嚇を行うことはないのではないか」という拡大抑止面での不安を抱かせ、米欧間の離間(デカップリング)を図ろうとしたのである。