フクシマからの報告を続ける。今回はちょっと視点を変えて、避難で無人になった福島県・飯舘村にモリアオガエルが産卵に戻ってきた話をする。
2011年3月15日、福島第一原発事故から流れ出た大規模な放射性プルームは、阿武隈山地に到達すると、雨や雪になって降り注いだ。広大な山林が放射性物質で汚染された。飯舘村や川内村、川俣町、浪江町など阿武隈山地の山間部にある場所に深刻な汚染が残り、住民が避難を強いられたのはそのためだ。広大な山林の除染は容易ではない。事故から3年以上が過ぎても、多くの人々が元の家や生活に戻れない。その影響は生態系にも及んでいる。阿武隈山地の「里山」では、人間も生態系の一部だからだ。動植物への影響だけが自然の破壊ではない。「人間の生活が途絶えること」も生態系の破壊なのだ。
人がいなくなると産卵できなくなる理由
「うちの田んぼでモリアオガエルの産卵が始まりましたよ」
伊藤延由さん(70)からメールが来た。本欄(「高濃度汚染地の農業実験で分かったこと」2014年5月29日)で取り上げた、飯舘村の農場で野菜の栽培を続け、その線量を測定している人だ。福島第一原発事故直後に飯舘村で出会ってから、メールやフェイスブックで連絡を取り続けている。
ぜひ行きます、と私は返事を打った。
モリアオガエルは普段は森の中で暮らしている。4~7月の繁殖期になると、水の上に張り出した樹木の上で交尾し、白い泡の塊のような卵の塊を葉や枝に産みつける。2週間ほどで卵から孵(かえ)ると、オタマジャクシは下の水面に落ちる。30~40日ほど水中で成長すると、手足がはえ、また森に帰っていく。
同じ阿武隈山地の中では、20キロ南の川内村の「平伏沼(へぶすぬま)」がモリアオガエルの産卵地として国の天然記念物に指定されている。海抜842メートルの平伏山の山頂にある面積12アールの小さな沼だ。天然記念物の指定を受けているモリアオガエルの産卵地は、全国で岩手県の八幡平大場沼と平伏沼の2カ所しかない。
原発事故後、このモリアオガエルたちがどうなったのか、私は心配だった。ネットを探し歩いて、モリアオガエルたちの様子を毎年デジカメで撮影してブログで公開していた人とネットで知り合いになった。 その人も、原発事故後は川内村から避難した。原発事故の年はモリアオガエルの産卵が姿を消した、とその人から聞いた。村人が避難して、山裾の田んぼに水が入らなくなった。沼と田んぼは山の保水という点で連続している。山頂の沼の水も少なくなり、カエルたちが産卵の場所を失った。そう知らせてくれた。