受験生の親世代にとっては「伝統ある仏教系の穏やかな雰囲気の女子大」というイメージが強いかもしれない。しかし、大学関係者の間では、武蔵野大学は穏やかとはほど遠い、極めてドラスチックな大学として、一目置かれ、警戒されている。なにしろ、文学部のみの単科の女子大から、この15年間で共学化、8学部を新設し総合大学化を一気に成し遂げたのだ。
と言っても、武蔵野大は決して、闇雲な拡大志向をとっているわけではない。その底力は、国家試験の合格率を見れば一目瞭然だ。
2013年度の看護師国家試験で武蔵野大看護学科の合格率は100%(受験した93人全員合格)、保健師国家試験合格率96.8%(93人中90人合格)、薬剤師国家試験合格率85.6%(125人中107人合格)と全国平均を大きく上回る驚異的な合格率の高さを誇る。公立小学校採用試験は、例年全国平均が30%を下回る中、3年連続で60%を超える高い採用率を維持している。念のために繰り返すが、看護学部、薬学部、教育学部はいずれも創設から10年前後の新しい学部で、これだけの実績。
本当に「おとなしい単科の女子大」だったのか。虚実がわからなくなるほどの変貌ぶりに驚かずにはいられない。
ガバナンス改革で、市場ニーズにあったスピード感ある経営が実現
全てが始まったのは、今から20年前だ。それまでは、大学運営の実質的な主導権は教授会にあり、理事会は教授会が決定した方針を追認するのが常だった。しかし1994年12月1日、理事会は自らが先頭に立って大学の将来構想を練ることを決めた。
当時、学外理事の一人として理事会に名を連ねていた現在の寺崎修学長は、少子化による大学進学人口の減少、女子の大学進学率アップに伴う、相対的な女子大の存在意義の埋没など来るべき環境の変化に強烈な危機感を抱いていたそうだ。
理事会の下に設置した委員会での約3カ月の検討を経て、「当面の課題として社会系の新学部を設置」する案がまとまった。教授会側は「新学部を作っても、学生が本当に集まるのだろうか」「単科の女子大学として発展してきた歴史に傷を付けるようなことがあってはならない」と懸念を表明したが、「何もしないのが、最大のリスク」だと考えた理事会は、教授会の反対を押しきって、現代社会学部の創設を文部省(当時)に申請した。
これは単科大学の歴史に終止符を打つ貴重な1歩であると同時に、その後のドラスチックな改革を可能にする、学校経営のガバナンス革命でもあった。寺崎学長は「15年間で8学部も新設できたのは、〈理事会=経営〉〈教授会=執行〉の役割分担を明確にしたことに尽きる」と振り返る。
「多くの大学が新学部の検討から設置まで何年もの時間を要しているのは、教授会との調整に莫大な時間と労力を必要とするからだろう。武蔵野大では、理事会と教授会それぞれの役割と権限を明確に定義したことで、時代の流れを読み、市場のニーズに合わせた経営判断を、スピード感を持ってできるようになった。当初は理事会の決定に懐疑的だった教授会も、学部新設に合わせて順調に志願者数が伸び、入試の偏差値がジワジワと上がってくると、理事会の判断を評価し、建設的な分業・協力ができるようになった」そうだ。
志願者増、偏差値アップのための緻密な戦術
では、なぜ、順調に志願者を伸ばし、偏差値をアップさせることができたのか。そこには緻密な戦術があった。
寺崎学長は「当初から総合大学化構想を持っていたが、初期の段階ではあえてオーソドックスな学部ではなく、薬学部、看護学部、教育学部等、総合大学としては少数派の学部を開設する戦略を選んだ」という。国家資格取得や教員採用など就職について明確な目的意識を持つ学生が集められやすい上、試験の合格率が各種ランキングで発表されれば、裏付けある実績として評価が安定するからだ。
もちろん、新設の学部が、伝統ある単科の薬科大学や、医療系大学の看護学部と戦い、全国トップクラスの合格率をたたき出すのは決して容易なことではない。寺崎学長は「後発であっても、武蔵野大の伝統である一流の教員を招く方針は曲げず、初年度からハイレベルの授業を展開できるよう配慮した」という。さらに、学部ごとに工夫して、学生一人一人に目配りし、試験当日までフォローし続けることを徹底した。
「潜在能力はあるのに、試験へのプレッシャーから『大学さえ卒業できれば、資格はなくてもいい』と弱腰になる学生が毎年何人か出てくるのですが、学生の顔を見るたびに教員が声を掛け、メールや電話でもコミュニケーションをとって励まし、安心させ、逃げずに最後まで努力を続けるよう指導しています。
そういう学生が、『苦しかったけれど、やっぱり国家試験を受けてよかった』と合格の報告に来てくれるのが、教育者としては一番嬉しい。大学としての合格率も大切だが、学生一人一人に目的意識を持たせ、達成する喜びを与えられるということを重視している。ドラスチックな経営改革の一方で、伝統ある女子大として築いてきた、学生一人一人を見守る親身の教育方針で、国家試験の高い合格率を実現したわけだ。
薬学、看護、教育学などの成功で獲得した受験生からの信頼を基盤として、武蔵野大は2014年には法学部、経済学部、2015年度からは工学部を開設し、本格的な総合大学としての歴史を刻み始める。
法学部や経済学部も、先行する大学の後追いをするわけではない。たとえば、多くの大学の法学部は司法試験受験を想定した六法中心のカリキュラムを組んでいるが、武蔵野大は会社法、知的財産権、IT法など企業内で注目されている分野の法律に比重を置いているのが特徴。
「学生の8割以上が民間企業に就職することを考え、時代のニーズにあった教育を提供するのが大学の役割」との姿勢を明確にしている。法学部は6月13日付で江東区選挙管理委員会と選挙連携事業協定を締結、政治学科の授業の一環として若者の投票率向上に向けた選挙啓発事業にも取り組むなど、実社会を強く意識した教育を重視していくという。
「スピード感ある経営判断」と「学生に対する徹底したケア」。理事会と教授会がこれまで通り、それぞれの役割を果たし続けていけば、総合大学としても一段と飛躍できるはずだ。
<取材後記>
武蔵野大学が2012年に開設した有明キャンパスは、国際会議や産業見本市などが開催される東京ビッグサイトに隣接するエリアに立地する。近代的でスタイリッシュな校舎が印象的だ。2020年には、この有明を中心にオリンピックが開催され、さらなる飛躍が期待される。かたや、武蔵野キャンパスは、緑豊かで落ち着いた環境にある伝統校らしい風情を色濃く残している。
武蔵野大学の1年生は、武蔵野キャンパスで、全学共通の基礎課程「武蔵野BASIS(ベイシス)」を学部横断クラスで履修する。総合大学化に伴い、10年前には考えられなかったような様々な志向性を持った学生が集まるようになったが、学部ごとの縦割りの環境では総合大学としての真価を発揮できない。この教養教育システムには、学部、学科の壁を取り払い、互いの視野を広め、豊かな人間関係を築いてほしいとの思いが込められている。
「有明キャンパス」と「武蔵野キャンパス」は武蔵野大学の「革新」と「伝統」の象徴ともいえるだろう。そして、全学共通基礎課程の設置は、革新と伝統が対立するのではなく、相乗効果を発揮することを象徴しているように見える。
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