世界経済が同時不況色を濃くする中、自由貿易の機運が後退し、保護貿易の風が強まってきた。20日就任するオバマ次期大統領の通商政策にも、期待と不安が交錯している。半世紀以上にわたり米国が主導してきた自由貿易体制を、新政権は守り抜くことができるのか。

 大恐慌時代、1930年制定の米スムート・ホーリー法による高関税は、自国産業を保護しようとする各国に関税障壁をはりめぐらせ、ブロック経済へ傾斜する引き金となった。

 結果的に不況脱出を遅らせ、第2次大戦の遠因となった保護貿易主義の恐ろしさを学び、米国中心の連合国はブレトンウッズ協定を締結。IMF(国際通貨基金)と世界銀行に加え、GATT(ガット、関税貿易一般協定)を1947年に設立する。GATTはケネディ、東京、ウルグアイの3つのラウンド(多角的貿易交渉)を経て世界貿易機関(WTO)に発展、現在は153カ国・地域が加盟している。

2008年の金融危機、投資家を売りに走らせた原因とは

1929年10月、大暴落したニューヨーク株式市場〔AFPBB News

 今、世界同時不況の下で、1930年代のブロック経済化を想起させるような動きが相次いでいる。ロシアは自動車や鶏肉、豚肉に対する関税を引き上げた。フランスは外国資本の敵対的買収から自国企業を守る基金を設立。ブラジルとアルゼンチンは、ワインや繊維製品などへの関税引き上げを検討中だ。

 米国も例外ではない。ビッグ3向け政府緊急融資174億ドルに対しては、通商専門家から「WTOルール違反の補助金に相当するのでは」と指摘されている。外国企業を差別するような同様の措置を各国が取れば、貿易障壁が一段と増えることになりかねない。2008年11月にワシントンで開かれた主要20カ国(G20)首脳会議は「保護貿易主義的な措置は取らない」と宣言したが、国際協調の機運は早くも後退し始めた。

人事迷走、「無名」の次期通商代表

 米国内で台頭する保護主義に対し、歯止めを掛けられるのか。それに対する答えは、オバマ次期大統領の通商政策にある。そして、カギを握る通商代表部(USTR)代表には、オバマ氏当選に尽力した元ダラス市長のロン・カーク氏(54)が指名された。

 黒人として初のUSTR代表となるカーク氏は弁護士出身だが、通商政策の経験がなく、ワシントンの通商関係者の間では無名の存在だ。後にクリントン政権で財務長官となるロイド・ベンツェン元上院議員の秘書から、テキサス州務長官に転身。1995~2001年までダラス市長を務めた後、2002年に挑んだ連邦上院議員選では落選している。

 歴代、カーラ・ヒルズ女史やミッキー・カンター氏といったタフ・ネゴシエーターが就いてきたUSTR代表に、なぜカーク氏が選ばれたのか。オバマ次期大統領は指名発表時の記者会見で、元市長時代に発揮した政治的な調整能力を買ったと説明している。

 USTR代表には駆け引きのうまさだけでなく、議会や業界との利害調整能力が要求される。通商のプロであるはずのシュワブUSTR代表は議会との関係構築に失敗し、コロンビアや韓国など4カ国と自由貿易協定(FTA)を締結しながら、議会の批准を取り付けられなかった。

 カーク氏は労働組合が批判する北米自由貿易協定(NAFTA)を支持し、中国への恒久的最恵国待遇供与にも賛成の立場を取る。産業界からは歓迎の声が上がり、オバマ氏と長年の友人関係にあることも強みになる。

 しかし、通商政策は素人同然のカーク氏起用には、不安がつきまとう。実務に精通したプロをずらり揃えた金融・財政関係の人事とは対照的であり、「USTR代表は閣僚ポストから格下げになるのでは」(通商筋)といった懸念も強い。

 当初、オバマ氏は、中南米系の下院議員ザビエル・バセラ氏(50)を起用する方針を固め、面接まで行っていた。しかし、9期目の当選を果たし下院民主党の要職を手にしたバセラ氏が難色を示し、最終的に指名を辞退した。

 その際、バセラ氏は地元カリフォルニア州のスペイン語紙に対し、「この地位(=USTR代表)がどれほどの重みを持つのか。(政権内で)1番でなければ、2番でも3番でもない」と語ったという。不況対策に追われ、内向き志向を強めるオバマ次期政権の中では、通商政策の地盤沈下を示唆するコメントだろう。

 一部の米メディアは、NAFTAなどに反対してきたバセラ氏を「保護貿易主義者」と決め付け、USTR代表への起用に反発していた。こうした点も、指名辞退の背景にあるとみられている。