(米「パシフィックフォーラム CSIS」ニュースレター、2014年42号)

By Joseph Bosco

 天安門事件が25周年を迎えたことは、中国の独裁政権において変わらないものは何かを私たちに思い出させる。習近平国家主席が追求する「中国の夢」は、中国の人々が自国に対して描いている夢と同じではないということである。

 1989年6月4日、何百万人もの中国の学生、労働者、農民、そして知的職業人が、鄧小平の経済開放政策に見合った政治改革を求めて北京やその他の都市に集結した。

 凝り固まった考えを持つ共産党の強硬派に勝利した鄧小平の経済政策は、東ヨーロッパと同様に新しい時代の幕開けを中国人に確信させるものであった。また、鄧小平は名実ともに中国の最高指導者であり、全国民が彼とともに次の歴史的第一歩を踏み出す覚悟をしていた。

 しかし、共産主義の一党支配に代わるこの考えを受け入れることとなると、鄧小平はひどく尻込みをしてしまった。鄧小平は、天安門広場やその他の都市での中国国民への攻撃を中国人民解放軍に命令し、何千という人を殺戮した。そして国際社会で人々が享受している市民権を得る機会を、次世代の人々から奪ってしまったのである。

 最近の米国平和研究所の会議では、中国生まれのノーベル賞受賞者が物理学とその他の科学の分野で少なくとも9人いたことが注目されたが、彼らは全てアメリカ国籍である。しかし、中国の人権問題に関する活動において、中国国民もノーベル平和賞を受けている。チベットから追放されているダライ・ラマと、現在中国で投獄されている劉暁波である。

 中国共産党は、中国の憲法、中国政府が署名した世界人権宣言、2008年オリンピック開催への条件として作成したコミットメントに謳われている人権の保障および民主主義改革がいずれは現実のものとなるだろうということを、長い間、中国国民と国際社会に約束してきた。

 しかし、たとえどんなに中国経済が発展しても、また軍事力がどんなに強くなろうとも、中国政府が世界の独裁政権や“のけ者”国家の仲間に与している限り、中国は真の国際的尊敬を絶対に得られないことを中国国民は知っている。

 韓国はかつてはそのような経緯をたどり、今では民主主義国家の仲間入りをしている。また、中国の保護国であるミャンマーは、今や同様の改革の道に乗り出している。

台湾の民主化への道のり

 しかし、中国の指導者たちが自分たちで生み出したジレンマを解決するためには、台湾海峡を見わたせばこと足りるのだ。

 中国での国共内戦に敗れたあと台湾に逃亡した蒋介石の国民党独裁政権は、当初は共産党と同様に権勢を欲していた。彼らは、さらなる大きな自由を求める人々を鎮圧するために武力を使うことに非常に積極的であった。例えば、1947年2月28日に抗議を表す市民に対して行った天安門事件同様の虐殺などである。