「煮る」ものだったご飯、
「炊く」に変えた台所事情とは

変わるキッチン(第2回)~「炊く」

2014.05.30(Fri) 澁川 祐子
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 ならば、いったん「炊く」と「煮る」の違いを脇に置くことにしよう。そうして角度を変えて、「炊く」という言葉を必ず使う「ご飯」がどう調理されてきたか、というところから「炊く」を解きほぐしてみよう。

「はじめチョロチョロ・・・」は江戸時代から

 ご飯の上手な炊き方を示す言葉に、「はじめチョロチョロなかパッパ、ジュウジュウいうとき火を引いて、赤子泣くとも蓋とるな」というのがある。はじめは弱火で釜全体を温め、中頃は強火で加熱する。沸騰したら火を弱め、最後は蓋を取らずに余熱で蒸らすという意味だ。

 この炊き方は、正確には「炊き干し」と呼ばれる。炊き干しは、水が多い最初のうちは「煮る」状態だが、水が少なくなってくると「蒸す」状態になる。つまり、「煮る」と「蒸す」を組み合わせた調理法だ。こうすることで、米のでんぷん成分である「おねば」(米を炊いたときにできる白い汁)を米粒の中に閉じ込めることができ、ふっくらとつややかなご飯に炊きあがる。

 このような現在でも行われている米の炊き方が定着したのは、思ったよりも新しく、江戸時代からである。米の生産量が増加し、米を食する機会が増えるにつれ、おいしく炊ける炊き干しが確立されていったのである。

 それと同時に、大型の竈(かまど)が築かれるようになり、ご飯を炊くために工夫された日本独自の釜も登場する。よく蒸せるように釜の底は深くなり、竈にすっぽりとはまるための広い鍔(つば)がつき、吹きこぼれを防ぐために木の蓋が厚く改良された。

竈にかけた釜でご飯を炊く。「炊き干し」と呼ばれる。

 では、炊き干しが定着する以前はどうだったのだろうか。

 中世までは、ご飯を炊くのは「湯取り法」というやりかただった。湯取り法は、多めに水を張った鍋に米を入れ、沸騰後に余分な煮汁を捨てる炊き方だ。つまり、炊き干しのように最後に蒸さずに、ご飯を「煮る」方法だ。

 湯取り法が用いられてきたのには、2つの理由がある。

 1つには、当時主食として食べられていたのは、麦や稗、粟など雑穀であったこと。雑穀類をやわらかく炊きあげるためには、はじめに大量の水で十分にふやかす必要があり、湯取り法の方が適していたのだ。

 もう1つには、囲炉裏が料理の中心の場であり、鍋が多く用いられたこと。そのため、単に煮るだけの湯取り法のほうが手っ取り早かったのだ。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


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