第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(以下ロボコン)まで残すところあと3日となった3月26日朝。プノンペン国際空港に、あのタイのテレビ局MCOTのメンバーたちが再びやって来た!

 振り返ればおよそ1カ月前の2月末、タイ・ロボコンのチーフプロデューサーを務めるジョッキーさんとコーディネイターのニンさんがプノンペンを来訪。カンボジア国営テレビ局と、ロボコン参加大学の指導教員たちとそれぞれ打ち合わせしたことで、皆の意識が大きく変わった。私もロボコンに対する認識を新たにした。

プノンペン空港に到着したMCOT一行。左から2番目、緑のポロシャツを着ているのがジョッキーさん(撮影:筆者、以下特記のないものは同様)

 その心強い助っ人たちが、今度はテレビ局カメラマンのペッ、タイのロボコンチャンピオンであるトゥラキットバンディット大学インストラクターのトゥン、チームメンバーのテエ、そしてパーツ調達でミラクルな大活躍を見せたあのプイも引き連れて、プノンペンの地に降り立ったのである。

 ちなみに、トゥラキットバンディット大学は、2012年のABU*ロボコン敢闘賞受賞チームでもある。

*アジア太平洋放送連合(Asia-Pacific Broadcasting Union)

 ジョッキーさんはじめ皆の明るい笑顔を見て私はホッとしていた。実は、この3日前の段階になっても、国営テレビ局内では式典の準備ばかりが優先され、肝心のコンテスト本体の準備や情報の共有が全くなされていなかったからである。

「初めと終わり」だけのスケジュール表

 MCOTのメンバーたちがプノンペンにやって来る前日、国営テレビ局では、ロボコンに関わるすべてのメンバーを集めての初めての会議が行われていた。大会4日前にして初めての会議。しかも、副局長である通称“松平の殿様”とアシスタントのボラシー以外、ロボコンとは何なのか、ほとんど誰も知らないのである。

 その会議までに、殿様は私がこれまで準備してきた進行台本やルール、参加大学の詳細をクメール語に翻訳し、(殿様にとっては最も)大事な式典の式次第などすべてを整え皆に説明した。

 しかし、こうした大人数のスタッフや参加者が動くときに徹底されなければならない、当日の全体スケジュールを殿様は発表しない。なぜか、開会式のスケジュールと閉会式のスケジュールだけが書かれていて、その間に「コンテスト」と書かれているだけだ。