その男性の両親は、彼が子供のころに離婚した。そのあと、父子の交渉は断絶したが、父親は法律で定められた通り、養育費だけは支払った。そして、息子が18歳になってその支払い義務が終わると、父親は一切の関係を絶った。
そのうち、父親は息子の相続権も剥奪し、男性の元には、法律で決められた最小限の遺産分以外は渡さないという通知が来た。こうして、音信不通のまま40年以上が過ぎ、男性は60歳になった。
突然届いた老人ホームの請求書
2009年、父親が老人ホームに入所した。しばらくすると、社会福祉事務所から手紙が来た。開けてみると、父親の老人ホームの費用の請求書が入っていた。
この男性がいかに驚いたかは、想像に余りある。そして、その後、いかに怒ったかということも。男性は支払いを断固拒否し、裁判に訴えた。裁判は長引き、12年、父親は亡くなった。
家庭裁判所の訴えは最高裁まで上がり、その判決が、ようやく今月2月の半ばに出た。それによると、何十年も前に一方的に勘当された子供にも、両親の扶養義務があるという。
つまり、前述の男性は、支払い能力があるならば、死んだ父親の老人ホームの費用を支払わなければならない。
扶養義務とは、独立して生活していけない人に対して、経済的に支援しなければならない義務のことを言う。ドイツでは、直系の血族にその義務がある。つまり、親は子供や孫の面倒を見、子供は親や祖父母の面倒を見なければならない。日本では、直系血族だけでなく、兄弟姉妹にも扶養義務がある。
親族が扶養することを私的扶養と言い、私的扶養が機能しない場合だけ、公的扶養がその補助をする。ドイツで言えば、老人ホームの費用を、本人の年金や貯蓄や不動産で賄えない場合、まず、地方自治体の社会福祉課がそのお金を立て替える。これが公的扶養だ。
しかし、社会福祉課は、支払い能力のある子供か孫がいる場合、立て替えた費用を彼らに請求することができる。前述の男性のところにも、その請求が来たのだ。
実は、この支払いを拒否するための提訴は、今までも時々あった。
例えば、10年前には、訴えた女性は支払わなくてもよいという判決が出た。このケースでは、女性が3歳だったときに、母親が家を出てしまっていた。だから、母親は扶養義務を果たしていない。