耳の聞こえない「現代のベートーベン」として話題になった佐村河内守氏の作曲者が別人だった事件は、大きな反響を呼んでいる。いまだに彼が出てこないので全容は分からないが、ゴーストライターだった新垣隆氏が記者会見で事実を認めたので、佐村河内氏が「偽ベートーベン」だったことは間違いない。
その音楽的な内容については伊東乾氏が解説(「偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ」)しているので、ここではメディアがなぜ彼にだまされ、結果的に嘘を宣伝したのか考えてみよう。
NHKスペシャル始まって以来の大スキャンダル
中でも責任が重大なのは、2013年3月に放送されたNHKスペシャル「魂の旋律~音を失った作曲家~」である。
もとの番組はアーカイブから削除されて見られないが、ネット上に残っている動画で、野本由紀夫氏(音楽学者)は「非常に緻密に書かれていて、1音符たりとも無駄な音はない。これは相当に命を削って生み出された音楽だ」とコメントしている。
番組では演奏会でのスタンディングオベーションの様子が描かれ、佐村河内氏がインタビューに答えて、「音はまったく聞こえないので絶対音感で作曲している」と言う。
もちろん、これは嘘である。新垣氏の証言によれば、佐村河内氏は絶対音感どころか楽譜を読むことも書くこともできないので、たとえ耳が聞こえても作曲はできない。
このように100%嘘を放送したのは、Nスペ始まって以来の事件である。1993年に「奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン」という番組の一部が「やらせ」だという指摘を受けて会長が謝罪する事件があったが、そのときをはるかにしのぐ。
実はムスタン事件のとき、私はNHKの放送記念日特集の担当者だった。「この番組はそれほどひどい嘘ではない。検証番組をやろう」と提案したが、上司はみんな「私のレベルでは決められない」とか「ほっとけば世間は忘れる」と逃げたので、私は番組を降りた。
その後も騒ぎは大きくなり、ついにNHKで初めて訂正番組を放送し、川口幹夫会長が謝罪し、検証番組も別の担当者がやった。ディレクターも、ジャーナリストである前にサラリーマンなのだ。それが私がNHKを辞めた1つの理由である。