いま尖閣諸島周辺では、中国の公船が領海侵犯を繰り返し、無人機が尖閣諸島の領空を侵犯するなどの事案が起こっている。このような中国側の強硬姿勢の背後にある中国の海洋戦略とは、どのようなものであろうか。この点を中国側が公表した戦略文献により検証する。
1 中国の海洋安全保障環境に対する認識
中国の戦略専門家の間では、習近平総書記の方針に沿い、「富国強兵」が地政学的な戦略の根本原則ととらえられている。
海洋の地政的な価値には、海底資源の存在、海上交通の動脈としての価値、国民経済の一環としての重要性などがあり、海洋は人類全体の経済発展のために不可欠な巨大空間であるとみられている。
それと同時に、人類の戦争はもともと陸上が主であったが、次第に海岸、近海から遠洋に戦争の場が拡大し、海洋の戦略的な重要性が高まってきたとも指摘している*1。
このように、海洋は人類共通の資産ではあるが、争奪の場でもあるととらえており、「富国強兵」を原則とする以上、軍事力を背景とする海洋進出が重視されることになる。
中国は、地理的に三方が陸地に囲まれており、海洋は東正面にしか存在しない。中国が面する海洋は大きく、南海、東海、黄海の3方面に区分されるが、これら3方面の海洋への進出の必要性が、より重視されるようになっている。
各海洋方面の安全保障環境については、以下のように述べられている。
●南海方面は、域外大国の参入により混乱し、域内各国間の対中連携体制が強まり、各国の軍事費が増加して海空軍の建設が進んでいると、警戒感を示している。
●黄海方面は、米国主導で米日韓の同盟強化と活動が活発化する一方で、ロシアによる北方領土確保態勢の強化が進み、朝鮮半島では衝突が生じ南北が対峙し北朝鮮の核問題解決は停滞しているとみている。特に米空母等の演習活発化に対する警戒感を示している。
●東海方面では、まず日本との間で資源開発、国境問題、島嶼の帰属をめぐり対立が深まり、日本がしばしば挑戦的となり、同海域での偵察・監視・警戒・測量などの活動を強化しているとしている。東海方面の記述では、日本を台湾よりも先に重点的に記述して、台湾以上に重視する姿勢を見せている。対日敵対意識を露わにし、また日本側の抑制的対応には言及していない。
●台湾について、台湾当局は、先端的な装備を購入または開発し、演習や文献では依然として中国を仮想敵にしているとしている。特に2010年の米国からの64億ドルに及ぶ武器輸出と米国がF-16C/Dなどの兵器を輸出しようとしていることに反発を強めている。また台湾の国産の対艦ミサイル、巡航ミサイル、対ミサイル能力の研究開発を脅威視し、各種ミサイルの配備例を挙げている。さらに演習活動の活発化も指摘している*2。
このように、海洋正面については全般的に、各方面で周辺国との対立関係が強まり、周辺国が防衛力を増強し対抗策をとっていることに警戒感を強めている。
中でも東海正面では、「核心的利益」とし「国土統一」の目標である台湾よりも、日本に関する記述が先に書かれ量も多く、敵対的姿勢の記述が目立つ点は注目される。
日本の尖閣はじめ南西諸島の確保を、台湾併合よりも時期的にも戦略的にも優先するとの中国の戦略方針を反映しているのかもしれない。
他方で、台湾側の防衛力向上には注目しており、台湾の防衛力強化は、それなりの対中抑止効果を発揮していると言えよう。また記述の順序から見る限りは、既に島嶼をめぐり軍事衝突が生起している南海正面が最も重視されている。
中国がグローバルな経済活動を展開しようとするときに、立ちはだかる敵対勢力として、最も脅威感をもってとらえられているのは、米国である。
中国は、米国が中国を、東北アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア、北アジアの5方向から、「取り囲んで封じ込めながら接触を増やす(ヘッジと関与)」という戦略を採用しているとみている。
また、台湾の独立を認めないとしつつも、「中国が武力行使を決定したと声明を発した場合は、米国は必ずや台湾の自衛を支援する」とする、米国の台湾に対する「あいまい」戦略も、祖国統一を妨害しようとする最大の脅威ととらえている*3。
*1=沈伟烈主篇『地缘政治学概念(地政学の概念)』214-221頁
*2=同上、238-240頁
*3=同上、387-390頁