2013年4月1日から予防接種法の一部改正により、子宮頸がん予防ワクチン(以下、HPV[ヒトパピローマウイルス]ワクチン)が定期接種に追加された。
ところが、このHPVワクチンについて、安全性上の問題を訴える世論が急速に高まった。その結果、わずか2カ月余りしか経っていない6月14日、厚生労働省は「定期接種は中止しないが、積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」という、やや分かりにくい方針を決定することになった。子宮頸がん予防という有効性と相対的に比較した上で、ワクチンの危険性はどこまで許容されるのだろうか?
ワクチン・安全性・統計学
ワクチンは何百万人、何千万人という膨大な人数に使用されるという特徴を持つ。安全性に関する情報も膨大な量が収集される。折しも、『統計学が最強の学問である』や『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』『ヤバい統計学』『The Signal and the Noise: why so many predictions fail - but some don't』といった統計学の啓蒙書が世界的に注目を集めている。
ワクチンの安全性評価ではビッグデータも扱うことから、統計学が重要な役割を果たす。例えば、米国ではワクチンの有害事象報告システム(VAERS)により、年間約3万件の膨大な安全性データが収集されており、公開データを用い外部の研究者が統計解析を行うこともできる。
本稿では、このようなワクチンと安全性、そして統計学の関係について、その概略を紹介する。
感染症予防ワクチンと安全性
病気になった場合に用いる治療用ワクチンもあるが、一般的にワクチンと言って思い浮かぶのは、インフルエンザやポリオなどの感染症を予防するためのワクチンだろう。本稿での「ワクチン」は、この感染症予防ワクチンを指す。
ワクチンが普通の医薬品と最も異なる点は、何の病気もしていない健康な人が主な対象となることだ。このため、ワクチンを接種した場合に生じる、いわゆる「副反応」は少なければ少ないほどよい。
残念ながら副反応が全く出ないワクチンはなく、発熱や接種した部位の腫れや痛みなどがしばしば発生する。実際に経験のある読者も多いだろう。
副反応の多くは症状が軽く一時的なもので、少しの間我慢すればほとんど問題になることはない。ただ、数万~数百万人に1人といった確率で、非常に稀だが重い副反応が不幸にして生じてしまう場合がある。
これら重篤な副反応には、強いアレルギーのため呼吸困難や血圧低下、蕁麻疹を起こすアナフィラキシー反応や、手足の麻痺症状を起こすギラン・バレー症候群、けいれんや脳脊髄炎といったものが知られている。感染症を減らすという有益性だけではなく、ワクチンもある意味では毒として作用するという負の側面を持っている点は通常の医薬品と同様だ。
ワクチンと安全性の歴史
毒を以て毒(=病気)を制すという考え方の起源は古い。インドの仏僧が毒蛇に免疫を得るため、ヘビ毒をわざと仰いだという記録は7世紀に遡る(Vaccines: Expert Consult - Online)。
清の乾隆帝の時代、1742年に執筆された医学事典「医宗金鑑」などにも、既に民間療法として、天然痘の接種(人痘接種)が記載されていることが知られている。オスマン帝国へ外交官夫人として帯同したメアリー・モンタギュー氏は、1721年、母国イギリスに人痘接種法を紹介したが、当時の方法では2~3%が天然痘で死亡するほど安全性に問題があった。