2013年2月25日に発足したばかりの韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権の前に「強い国会」が立ちふさがっている。省庁再編関連法案が成立しないことなどから、政権発足から2週間にわたって主要閣僚を任命できない状態が続いた。
3月11日にようやく初の国務会議(閣議)を開催できる見通しになったが、それでも未来創造科学相や国防相の任命はできそうにない。
米ベル研究所出身の「目玉閣僚」がこうした事態に嫌気を差して指名を辞退するなど、大統領選挙で50%を超える得票で当選した新大統領が「強い国会」に翻弄される異例の事態になっている。
「国家の未来と国民の運命がかかっている重大な局面で国会が機能せず、未来創造科学部(の新設)に関連した省庁再編法案をめぐる混乱ぶりを見て、祖国のために身を捧げようとした決心を断念せざるを得ない」――。
3月4日午前、韓国の国会内で記者会見を開いた金鍾勲(キム・ジョンフン)未来創造科学相内定者は、こう語って閣僚就任を辞退することを表明した。
幻に終わった目玉省庁の目玉人事
未来創造科学部は、「理系出身」の初の大統領である朴槿恵氏が「ICT(情報通信技術)を核にした新しい成長戦略」という政策を実現するために新設する巨大省庁だ。
初代長官に指名されたのが金鍾勲氏。10代の時に貧困から脱するために父親とともに渡米。苦学の末に名門大学で博士号を取得し、通信関連のベンチャー企業を設立し、株式公開のあとでこの会社をルーセント・テクノロジーに10億ドルで売却して「アメリカンドリーム」を実現させた。
さらにノーベル賞受賞者を多く輩出したことで有名なベル研究所の所長に就任して「IT業界で最も成功した韓国系米国人」となった。朴槿恵氏はこんな経歴の金鍾勲氏を米国からスカウトして未来創造科学相に起用しようとしたのだ。
ところが、金鍾勲氏は、新政権が発足しても閣僚に就任できない。それどころか、いつ就任できるのかのメドさえ立たない。その間に、金鍾勲氏の経歴や二重国籍問題、家族の資産問題などに関する虚実が入り混じった情報が連日メディアやネットなどで飛び交い、「特に米国在住の家族が閣僚就任に強く反対した」(韓国紙デスク)という。
金鍾勲氏は、「閣僚就任辞退」を発表すると、翌5日午前に仁川国際空港から米国に向けて飛び去ってしまった。新政権の「目玉人事」はこうして政権発足から10日間で、就任もできないまま「幻」に終わってしまった。