「このまま日本の企業にとどまるか、それともバングラデシュで仕事をするか。悩んだ末、僕が選んだのは、新しい一歩を踏み出すことでした」

 ダッカのベンガルレストラン、筆者の目の前に座るのは30代前半と思しき日本の若者だ。「年齢は非公開なんです」と笑いながら、岡崎さんはダッカで仕事を始めることになった経緯を話してくれた。

 岡崎透さんは1970年代生まれ。大学卒業後、公認会計士、外資系コンサルティングファームの戦略コンサルを経て、最近まで三井物産に勤務していた。いわゆる氷河期世代と言われつつも、彼自身は世間の勝ち組だ。

 が、その一方で深い悩みを持っていた。「自分は何のために生きているのか?」という問いである。誰もが一度は持つ悩みだろうが、彼は人一倍それに苦悩していた。

 三井物産という大きな船に乗っていれば、安定した生活が送れる。しかし外に目を向ければ、沈没しようとしている日本企業もあれば、まだ“船”にすら乗れない貧困国の人々もいる。そんなとき、岡崎さんが出合ったのが、「ソーシャルビジネス」という言葉だった。

 岡崎さんは勤務の傍ら、バングラデシュの貧困削減と企業利益の創出を実現するためのNPO団体を、複数名で立ち上げた。平日夜や週末にこのNPO団体の活動に参加し、休暇を取ってはバングラデシュに足を運んだ。だが、壁にぶつかる。年に数回の渡航では現地の問題など理解し把握することは到底不可能、サラリーマンの片手間でできる仕事ではないことを悟った。その後、岡崎さんは2011年に会社を辞め、「バングラビジネスパートナーズ」という会社を立ち上げた。

一躍盛り上がる「ソーシャルビジネス」

 インドの東隣、ガンジス川のほとりに位置するバングラデシュは、日本の4割の面積に1億6000万人が住む。総人口はミャンマーの2.5倍にも相当し、人口密度は都市国家を除いて世界一だ。だが、国民の生活は貧しい。人口の8割が農村部に居住、1日1ドルにも満たない金額で生活を営む人々が分厚い層を成す。

 そんな貧しいバングラデシュは、政府よりもNGO(非政府組織)の力が強いと言われる国でもある。欧米からの参入もあれば、地元で立ち上がったNGOもある。その数は2500以上とも言われ、数万人規模の従業員を抱える巨大NGOも少なくない。