安倍政権の発足とともにアメリカ軍事関係コミュニティーでは尖閣問題をはじめ日本周辺を巡る安全保障問題に関する関心が高まっている。それらの中で、日本ではあまり取り沙汰されていない話題の1つが、中国人民解放軍がロシアから「ツポレフTu-22M3」超音速爆撃機を生産ラインごと輸入することでモスクワと北京が合意に達したらしい、という情報である。このような情報はこれまで幾度も取り沙汰されていたが、今回はいよいよTu-22M3の人民解放軍への配備が具体的秒読み段階に入っているとみなされている。

冷戦時代にソ連が開発した米海軍、自衛隊の“古き友人”

 Tu-22M3、NATOコードネーム「バックファイアーC」(本稿では単に「バックファイアー」と呼称する)、はソ連が1970年代中ごろから80年代前半にかけて開発した超音速爆撃機である。

ロシア空軍の「Tu-22M3」

 冷戦中はソ連空軍が運用し、敵地(アメリカ、日本など)への戦略爆撃ならびにアメリカ海軍空母戦闘群に対する攻撃を主たる任務とした。そのため、自衛隊の警戒網を突破することが最重要課題であり、幾度となく警戒網突破の試みがなされた。いわば、バックファイアーは自衛隊にとって“古き友人”なのである。

 この超音速爆撃機によって発射される超音速巡航ミサイルから、空母そして空母戦闘群を防御するために、アメリカ海軍はイージス戦闘システムを完成させた。そして、第7艦隊空母戦闘群の護衛に携わる海上自衛隊にもイージスシステム搭載駆逐艦を装備“させた”のが、現在海上自衛隊が運用するイージス駆逐艦の起源である。

 もっとも、海上自衛隊が「こんごう型」イージス駆逐艦を就役させた1993年には、既にソ連は崩壊しており“主敵”であるソ連軍バックファイアーは海上自衛隊やアメリカ海軍の脅威の地位から退いてしまっていた。そのため、超高性能防空戦闘システムであるイージスシステム搭載艦は無用になってしまったかに見えたが、弾道ミサイル防衛システムとして転生し、北朝鮮や中国の弾道ミサイルに対処するという新しい役目を担うこととなった。

 Tu-22M3の機体自体のデザインは冷戦期の設計であり、アメリカ空軍のスティルス爆撃機のような21世紀型爆撃機とは言えないものの、中国空軍ならびに海軍航空隊が運用中の「H-6」爆撃機はさらに古い冷戦期前半に設計された機体であり、航空機の性能自体も飛躍的に向上している。そして何よりも、バックファイアーに搭載される各種長距離巡航ミサイルは極めて強力であり、アメリカ海軍や日本にとっては“古き友人”の中国からの復活は、新たな脅威の誕生なのである。

バックファイアーに搭載されるミサイルは?

 アメリカの軍事専門家たちが、中国人民解放軍のバックファイアーに関心を示しているのは、バックファイアーはかつてソ連軍がアメリカ海軍航空母艦を撃破するために配備されていたため、人民解放軍も第2列島線内のアメリカ海軍航空母艦に脅威を与える可能性があると考えているからである。

(注)「第2列島線」とは、伊豆諸島から小笠原諸島、グアム・サイパンなどのマリアナ諸島を経てパプアニューギニアに至る島嶼を結んだライン。九州から南西諸島、台湾、フィリピンを経てボルネオに至る第1列島線とともに、東アジア地域の海軍戦略に頻繁に利用される概念。かつて冷戦期には、西側勢力が中国をはじめとする東側勢力を封じ込めるための第1・第2の防御ラインとして用いられた概念であり、近年は中国がアメリカの軍事的圧迫からの“防衛ライン”として用いる概念となっている。中国海軍戦略によれば、2020年頃には第2列島線内部で人民解放軍がアメリカ軍に対する優勢的立場を確保することを目標としている。