世界最高級の胡椒は日本人が作っていることをご存じだろうか。倉田浩伸さん。クラタペッパーの創業社長である。いま世界の胡椒はベトナム産が圧倒的に多いが、実は胡椒と言えばかつてはカンボジアだった。

クラタペッパーの倉田浩伸社長。プノンペンのお店の前で

 700年もの栽培の歴史があるという。しかし、その伝統的な栽培技術は、例のポルポト政権によって根絶やしにされてしまった。倉田さんは、ボランティアとしてカンボジアに入り、この国に魅入られていくなかでたまたまこの胡椒に出合う。

 カンボジアへの貢献をずっと思い続けてきた倉田さんは「これだ」と思う。そしてやるなら徹底的にやろうと考えた。日本人らしい発想である。

 徹底的に有機栽培にこだわって、安心・安全で最高級の胡椒を作ろうと栽培を始めたのだ。1997年のことである。

 日本での知名度はそれほど高くないが、世界最大の胡椒消費国・ドイツではクラタペッパーはいまや超高級品として有名になっている。

 日本人の魂とやる気・アイデアとカンボジアの風土と人々が合体してできたクラタペッパーは、企業規模は決して大きくない。しかしその中身は、日本を代表する国際企業と言ってもいいのではないだろうか。 

20代でカンボジアに貿易会社を設立するも、最初は失敗続き

川嶋 倉田さんがカンボジアをビジネスの地に選んだのはどんな理由からですか。

倉田 大学4年の時に、NGOのボランティアとしてカンボジアに来たのがきっかけです。

 ポル・ポト政権時代の避難民を帰還させるプロジェクトがあり、タイ国境にある難民キャンプから帰還された人たちが新定住地が決まるまでのあいだ滞在するレセプションセンターで手伝いをしていました。大学卒業後もカンボジアに何度も来て、結局、居着くことになったんです。

川嶋 何がそうさせたんでしょうか。

倉田 最初に来た時のインパクトが強かったからです。レセプションセンターで働いていた時に、難民の多くの方が「カンボジアには何も産業がない。新定住地に行って本当に生きていけるのか」という不安を抱いていました。

 ですから私はハコものだけの支援ではなく、国が自立するために何か一緒にできないかとずっと考えていました。

 カンボジアは農業国だから農産物を輸出してはどうかと思い、それでプノンペンに貿易会社をつくりました。1994年のことです。プノンペンのホテルの一室を借りて事務所にし、調査を始めました。