今回はソウルでこの原稿を書いている。韓国の安全保障専門家や有力シンクタンク関係者たちとじっくり意見交換する機会に恵まれたからだ。有難いことに、当地在住の昔の同僚が日程をうまく組んでくれた。やはり持つべきものは友達である。
今回の飛行ルートは成田・仁川ではなく、羽田・金浦だ。驚くことに韓国出張は九州などの国内出張と比べ、時間的にほぼ同等、料金的にはむしろ安い。いまさらながら、朝鮮半島が身近になったことを痛感するのだが、今回のテーマは日韓関係ではなく、韓中関係だ。
朝鮮半島の中国人
最近は中国の周辺国に出張する際、「チャイナタウン」を訪れることに決めている。その街並みには現地住民と華僑・華人との壮絶な交流の記憶が残っているからだ。
ベトナム、インドネシア、ミャンマーで見た中華街は、どれも現地の複雑な対中感情の博物館だった。
言うまでもなく朝鮮半島における中国の足跡は圧倒的であり、韓中関係史の悲惨さは東南アジアの比ではない。
紀元前の昔から朝鮮半島は、中国に何度となく侵略・征服され、屈辱的な朝貢冊封関係を強いられてきた、としか部外者には見えない。
当然ソウルには巨大な「チャイナタウン」があり、華僑・華人が韓国経済の一定部分を支配しているに違いない、とつい最近まで勝手に思い込んでいた。しかし、ソウルには何度も来たことがあるのに、よく考えてみたら中華街には一度も行った覚えがない。
当たり前だ、ソウル市内には中華街なんてないのだから、と韓国人に叱られた。
明洞地区の一角には中国人小学校・幼稚園がある。その周辺には中華料理店と中華民国の「三民主義大同盟」のオフィスもある。しかし、この規模ではとても「チャイナタウン」とは呼べない。
唯一の例外がソウル西方の港町・仁川市内の一角にあるチャイナタウン。明日時間を作って寄ってみる心算だ。