中国は30年間にわたる「改革開放」政策によって著しい経済発展を成し遂げ、2010年にドル建てGDPが日本を追い抜いて世界2位に伸長した。
これまでの成長モデルは、廉価な労働力を生かした輸出製造業の振興で外貨を稼ぎ、同時に技術レベルの向上を図るという「外向型経済」だった。
戦後の東アジア諸国の経済発展モデルは日本が先頭となって、そのあとを韓国や台湾などのNIEs(新興工業経済地域)諸国、さらにASEAN(東南アジア諸国連合)の国々が追随する、「雁行発展モデル」と呼ばれるものだった。だがここに来て、中国、インドなどBRICsと呼ばれるエマージングエコノミーの台頭により、従来の雁行編隊が大きく乱れている。
雁行の牽引役だった日本が、失われた20年の結果、そのエンジンの力が急速に衰えてきたことも大きい。NIEsとASEAN諸国・地域の経済は、「世界の工場」である中国を軸に動くようになっている。
かつて供給不足の時代において、技術力の強い日本は牽引役だった。だが、今は世界的に供給過剰となり、これからは需要の強い国が東アジア経済を牽引していくことになる。目下、その役割を果たしているのが中国である。
無論、中国が東アジア経済のエンジンになるには、国内経済の構造問題を解決しなければならない。つまり、これまでの「外向型経済」を内需依存の経済に改めなければならない。中国政府が提起する「発展方式の転換」である。
発展が遅れている第3次産業
一般的に、一国の経済は工業化の過程で製造業を中心とする第2次産業のウェイトが高まるが、先進国化すればするほど経済発展のエンジンが徐々に第3次産業にシフトしていく。
中国経済の発展過程を振り返れば、これまでの三十余年、農業を中心とする第1次産業のウェイトが徐々に低下し、第2次産業のウェイトが急速に拡大した。ただし、第3次産業の発展は遅れている。中国の内需が弱いと言われるゆえんである。
なぜ、第2次産業の発展に対して、第3次産業は十分に発展しないのだろうか。