バラク・オバマ米大統領の医療保険改革スピーチは、あれは大迫力だった。
医療保険改革に関する演説を行うバラク・オバマ大統領〔AFPBB News〕
テクストを読み込んで仕掛けを探り、YouTubeの動画で再現しつつ見直してみると、報道では椿事扱いされた例の「大統領を相手に、ウソつき呼ばわり」の不規則発言まで、出るべくして出るようきちんと伏線を張っていたことが明瞭となる。周到に用意された、スピーチライティングの勝利だった。
太平洋の此岸、東京でも、あたかも新政権が誕生した。ところが官僚主導を排すというそのお題目も、言葉を誰が紡ぐのかに目配りしない限り文字通りおめでたい題目に終わる。そこらへん、鳩山民主党は分かっているだろうか。
「勝利」を至上命題とした演説
9月9日、米国東部時間のプライムタイムを選んで連邦上下両院合同会議を開かせたオバマ氏は、慣例破りのスピーチをしに出かけた。
大統領が議会に出向いて演説をするのは年頭教書の時だけだというのが、長年のしきたりである。これを破ったオバマ氏は、医療保険改革を巡る出口の見えない膠着を、弁舌一本で打破しようとの心算だった。
並みのスピーチではない。「勝負」演説だ。勝つか負けるか、そこが明らかになるよう組み立て、勝ちおおせて見せなくてはならない。それが、あの演説があらかじめ帯びていた使命だった。
それゆえ大統領は議場の左右をねめつける。叱り飛ばさんばかり。議論に混迷をもたらした両党政治家左右の両極を敵とし、そのことによって、「My plan(この言葉を強調した)」を国民に理解させることを主眼とした、もはやスピーチではない、一幕物の芝居である。
あなたたちはいったい、何をするために政治家になったのか――。
スピーチ草稿で、こういう言葉が入っては消えただろうことを想像させる。セット版(完成版)にそのものズバリの言葉はなかったけれど、聞き終えて、不思議と耳朶に残響するのはこのメッセージである。上手い。
やがてレトリックはそのギリギリ、禁句の言葉(後述)をすらあえて持ち出し山場を作ったのち、アメリカ人の自己肯定願望に訴えていく。
アメリカ人って誰だ。どんな人々だ。歴史はわれわれアメリカ人に、何を使命として与えたもうたのか。
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