数年前に「中国脅威論」が一世を風靡した頃、日本では「中華思想」を「信奉」する中国政府、中国人を糾弾する書籍が巷にあふれていた。13億人の人口を抱える不透明な巨大国家の真の意図は何なのか。その驚くべき尊大さ、身勝手さ、狡猾さの理由を解く鍵は本当に「中華思想」にあるのだろうか。
今回は、中国近代史を駆け足で振り返りながら、この分かったようで分からない、摩訶不思議な「中華思想」なるものについて考えてみたい。
「中華思想」を知らない一般中国人
2000年夏、北京赴任前に筆者が購入した書籍の1つが、この種の「中華思想」モノだった。
同書は、現代中国の大国意識や民族主義、周辺諸国に対する蔑視感の根底には、儒礼を守る文化的な「中華」と周辺の野蛮な「夷狄(いてき)」という伝統的国際秩序の発想があると頭から決めつけていた。
一見もっともらしいこの仮説には、ユダヤやフリーメーソンの「陰謀説」のような悪魔的魅力がある。
だが、実際に北京で親しくなった中国人に聞いてみると、意外にも「中華思想? それは一体何ですか?」と逆に問われてしまった。日本人が当たり前のように使う「中華思想」も、中国ではあまり一般的ではない。
「そんなはずは!」と思い徹底的に調べたが、日本留学経験のある中国人たちの多くが、この点を異口同音に認めていた。最近の中国語のブログもいくつか覗いてみた。中国では「中華思想」のことなど教科書にはないし、学術的にもこれを研究・考証する専門家はいないという。
中華思想は中国の専売特許ではない
しかし、考えてみれば、中国人に「お前は中華思想の持ち主か」と問うのは、欧米白人に「お前は白人至上主義者か」と問うのと同じくらい意味のないことだ。
地球上のすべての民族・人間集団は、大なり小なりエスノセントリック(自民族中心主義的)だからである。
「ジコチュウ」という点なら、アラブ人も中国人に負けてはいない。カイロ、バグダッド、北京に合計8年間住んだ個人的体験から申し上げれば、両者のメンタリティーは驚くほど似通っていると思うからだ。典型的な5つの共通点を挙げてみよう。