去年の8月末のことだけれど、子供を保育園に送り、家の中の片付けも済ませて、さあ仕事をしようと思っていると、「ごめんなさい、いいかしら」と妻の母が現れた。

 中庭を挟み、手前と奥に2軒の家が並ぶ2世帯住宅なので、妻の母は私一人の時にもちょくちょく顔を見せる。

 「すみませんけど、薬局にファクシミリを送ってくれないかしら」という頼みだったり、入院している義姉の具合を話したりして帰っていくのだが、その時はいつになく深刻な様子で、「これ、今朝のなんですけど、ちょっと見てくれます」と言って、私に新聞を手渡した。

 「ここなの」と指差された先には、「みだらな行為の中学教諭を懲戒免職 県教育局」の見出しに続いて、おおよそ次のような記事が書かれていた。

 埼玉県教育局は8月25日、出会い系サイトで知り合った少女にみだらな行為をしたとして、〇〇市立〇〇中の理科教諭、某被告(30)=児童買春禁止法違反罪で起訴=を懲戒免職処分にしたと発表した。

 小中学校人事課によると、某は今年4月、さいたま市内のホテルで2回、少女(16)に現金を渡してみだらな行為をした。7月30日に、別の買春事件で警視庁に逮捕されていた。

 妻の母によると、この某が知り合いの息子なのだという。紙面にはフルネームが記されているし、勤務先の学校も聞いていたので間違いない。また、某は8月に結婚する予定だったはずで、式には招かれていないが、お母さんから春先に喜びに溢れた手紙が届き、電話でお祝いを伝えていた。

 「なんていうことでしょうねえ」

 そう言われても、こちらには返事の仕様がない。記事を読む限り、冤罪や誤認逮捕の可能性も薄く、「バカなやつだ」と胸の内で呟きながら、私は新聞を返した。

 「お母さんはどんなに悲しいでしょうね。でも、慰めの電話をするわけにもいかないし」

 「逮捕はひと月以上前なんですから、お知り合いの間ではとうに噂になっているんじゃありませんか」

 「そうね。じゃあ、どなたかにかけてみます」

 30分後に再び現れた妻の母によると、逮捕の直後から噂が広がり、それを知ってか、招待者たちになんの説明もないままに結婚式は立ち消えになった。

 もっとも、被告人である息子は毎日犬を連れて自宅の周りを散歩しているし、母親もこれまで通りダンスサークルに顔を見せているという。