最近の質問で一番困るのは、「イノベーションを分かりやすく一言で説明して下さい」といった類いのものだ。

 そんな時、顔には穏やかな笑顔を浮かべ、「うーん、難しい質問ですね」などと言いながら、心の中で「一言で言えるくらいなら、わざわざ大学の中に研究センターを創って、日がなイノベーションとは何かを議論するものか」と不遜なことを思う。

 すると、頭のどこかに寅さんが出てきて「それを言っちゃー、おしめえよ」と言うから、少し気を取り直して、「すべての社会変革の原動力です」と答えて、「ふふふ」と照れ笑いをする。

 これでは概念として少し広すぎると思われるかもしれないが、実は最近では真剣にそう思っている。

イノベーションの概念はもっともっと広い

 かつてわがイノベーション研究センターが日本経済新聞社から出版した『イノベーション・マネジメント入門』では、やや狭めに「経済的価値を生む革新」と定義したことがあった。

 しかしその後、行財政改革におけるイノベーション、ムハマド・ユヌス博士の提唱するソーシャルイノベーション、さらには梅田望夫さんが見事に描いてくれた将棋界におけるイノベーション(参考記事「イノベーションはなぜ起きたか(上)」「同(下)」)などなどを知るに当たって、もっともっと広い概念だと思うに至っている。

 概念を広げるというのは学問にとっては致命傷になりかねない。研究のフォーカスを失う可能性があるからである。したがって、通常は研究しやすいように定義を狭め、適合的なフレームワークを用いてジャンルを確立するといった方法が取られる。

 しかし、研究しやすいからといって「現実」を学問の枠組みに合わせるというのは本末転倒であり、それはまずいと思う。

 ということで、僕にとってのイノベーションとは実は定義すら定まっていない、広々とした空間である。『だから、素敵なんだ、凄いんだ、面白いんだ、文句あるか』ということになる。

技術革新だけにとらわれてはいけない

 イノベーション研究センターが真実素晴らしいのは、こうした多様性を受け入れた多国籍のメンバーが、それぞれの切り口から勝手気ままにイノベーション研究をしていることだ。狭量な人間には耐えられないことだろうが、そこには「自由とカオス」が存在していて、たまらないマグネットがある。そのことを僕は本当に誇りに思っている。

 このシリーズではそのメンバーたちがいろいろなエッセイを繰り広げるだろうが、共通項を探ろうなどと、つまらないことを考えていけない。「自由とカオス」を感じればよいだけだ。ただ、唯一共通しているのは、「イノベーションとは技術革新だけのことではない」という考えだろう。