日本の首相にはそれを言うと必ず批判を浴びるという類のタブーがいくつかある。例えば中国軍事力の増強ならびに近代化を称して、日本にとっての「脅威」と呼んではいけない。

 麻生太郎という人は真実と知りつつ頬被りしていると体がムズムズしてくるタイプで、「あァ言っちゃった・・・」という失言の半ばはそうした性癖に由来する。外相時代を含め、麻生氏は過去何度か中国軍事力の進化を「脅威」であると評し、その都度内外の見出しを賑わせた。

中国軍軍事力白書を精読すると

 けれども言葉をたわめて穏便を図るのは日本に限った話でなく、米国防総省が3月25日刊行した中国軍軍事力白書(PDF)のどこを見ても、人民解放軍は米国やその同盟国にとって「脅威」であるとは書いていない。

 そのかわり、事実を淡々と記している。一つひとつを追っていくと、もはやこれを総称して脅威と呼ぶかどうかなど、どうでもよい気がしてくるように書いてある。事実をもって語らせようとした説得力は、レトリックの使用不使用を超越している。

 この度白書最新版を旧版と見比べ両者間の異同を詳しく追ってみて、その感を強くした。

 白書が関心を寄せる対象のひとつは、「残存性」の向上である。

 「残存性」とは、核の第一撃に耐え残存、反撃し得る力のことで、この場合は米本土を狙う中国核戦力について言う。固形燃料・可搬式の弾道ミサイルを増やせば増やすほどその居場所や発射タイミングを悟られにくくなり、中国は残存性を増す。白書はこれに警戒的だ。

 ミサイルについて白書は3つのことを記すか、示唆している。第1に、全米各都市に深刻な打撃を与えるだけの力を、中国の弾道ミサイルは持っていること。第2に、日本は列島全体がすっぽり中国ミサイルの射程内に入っていること。すなわち中国の対日“威力業務妨害能力”は、いや増すばかりであること(毎年100基ペースで増加中)。

 そして第3に、対艦弾道ミサイルが充実しつつあり、米国海軍空母はグアム島辺り、あるいは横須賀出港直後の辺りでその種ミサイルに狙われるかもしれず、狙われた日には、貫通力の高い補助弾に甲板や艦橋構造物を突破され、格納庫の航空機や指令系統を瞬時に破壊されかねないこと――だ。米軍は台湾有事の際何が起きると案じているか、十二分に示唆的である。

台湾攻略の提督が名前の由来

 中国人民解放軍は横須賀配備米海軍空母に照準を合わせながら、自らの空母保有計画を進めることに余念がない。本年版白書は昨年に倍する字数を用い、「数隻の建造計画」があるなどと言われる現状をトレースした。

 最初の空母はウクライナから仕掛かり半製品状態で買い入れた「ワリヤーグ」の補修改良型となることが、4月末、いよいよはっきりしてきた。

 新しい艦名がちゃんとあり、「施琅(Shi Lang)」という。施琅とは17世紀に水軍を率いた男で、台湾攻略に功があったとか。エラい提督だったと中国では列伝中の人気者である。台湾との兼ね合いで、露骨な名のつけ方ではある。

 ゆえにもはやワリヤーグとは呼ばず施琅と呼ぶべきであるけれども、4月末、大連でドック入りしたことが多数の中国人によって確認されている(中国には鉄道マニアは滅多にいないようだが「ミリヲタ」は大勢いるらしく、ネットには施琅改修工事中の姿をとらえた映像がいくつも上がっている)。