小沢一郎氏は英語のプレスに好感を持っていたに違いない。オレのことは、概してよく書いてくれるというような。でなければ秘書逮捕の直後、約束を違えず(よく違える人なのに)TIME誌の長文インタビューに応じたりはしなかっただろう。
辞任会見する小沢一郎氏〔AFPBB News〕
インタビューが実施されたのは3月7日とのことで、小沢支持率は既に下降を始めていた。TIMEの解説記事は小沢氏の命運につき極めて冷静かつ懐疑的。氏の期待とは異なりけっこう辛口だが、そのせいで2カ月後、小沢氏が民主党代表を退きまたもや主役を放擲した今でも読むに堪える。
小沢氏著『Blueprint for a New Japan』(『日本改造計画』英訳版)が出たのは1994年。当時のワシントンやロンドンで大いに読まれた成功体験が、英語メディアを憎からず思う気持ちを小沢氏に植えつけた。
小ぶりの同書に薦辞を寄せたお歴々がすごい。ヘンリー・キッシンジャー、ジェイ・ロックフェラー、ジム・ベーカー、カーラ・ヒルズ等々。それぞれに褒めちぎっている。
日米貿易摩擦が頂点に達しつつあったあの頃。大物たちを動員させたのは小沢氏の力であるというより、日本それ自体の力だった。日米関係における小沢神話――この人なら何かやってくれると思いたがる――とは、多分に時代の子、その制約の所産だった。
偉人たちの町の、周縁の生い立ち
小沢一郎氏とは誰か?
出身地でまだ実家のある岩手県水沢(奥州市)に、吉小路という小さな道がある。端から端まで歩いても、15分かかるかどうか。
二二六事件で暗殺される数日前に撮影された高橋是清(左)と斎藤実(右)の写真 (歴史写真昭和11年4月号 帝都不祥事件特集号より) それなのにこの道沿い、わずかな距離の間から、偉人・傑物が輩出した。
斎藤実(海軍大臣、朝鮮総督経て内大臣、二二六事件で暗殺)、後藤新平(台湾総督府民政長官など経て東京市長、関東大震災復興指揮)、そして幕末、徳川幕府がつけ狙った蘭学者・高野長英の3人。
高野の家はくだって椎名悦三郎(通産相、外相)とその息子、椎名素夫(故人、参議院議員)に連なっていく。父・悦三郎は岸信介の盟友。日韓国交回復を成し遂げた。息子の素夫は先年惜しまれて死んだけれども、この人こそはワシントンに多くの知己をもち、敬愛された人だった。
これが水沢のメインストリートの、メインストリームであるとすると、小沢家はあくまでもマージナルな(周縁的な)存在だ。事実、実家があるのも吉小路を大きく外れ、田畑が点在し始める辺りである。小沢少年はこの町で中学に上がるまでを送った。何を思いながらか?
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