画像提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 半導体向け電子材料やCDMO(バイオファーマサービス)が好調な味の素。2026年3月期の業績予想で、売上高は前期比6%増の1兆6180億円、純利益は71%増の1200億円を見込み、営業キャッシュ・フローは2000億円超と3年連続で過去最高となる見通しだ。右肩上がりの成長の背景には複数の要因があるが、その1つに徹底した財務戦略が挙げられる。財務を統括する味の素執行役常務の水谷英一氏は「大事なのはストーリーとFP&A」と語る。本稿では、水谷氏が登壇し、同社の財務戦略の全貌を明かしたJapan Innovation Review主催の講演内容を要約して紹介する。

※本稿は、Japan Innovation Review主催の「第2回 CFOイノベーションフォーラム」における「特別講演:エクイティ&デット・ストーリーとFP&A~本源的価値向上と株価のブリッジ~/味の素執行役常務 水谷英一氏」(2025年8月に配信)を基に制作しています。

徹底的に成長率を重視する

 味の素では2023年度に中期経営計画を廃止し、代わりに、社会価値と経済価値を共創する取り組み「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」の考え方を軸にした「中期ASV経営」を掲げてきた。この中で2030年のありたい姿を明確に描き、ゴールから逆算してギャップを埋めていく経営を進めている。

 2030年までのロードマップを、財務的に算式に示すと下の図1のとおりとなる。最も重視する企業価値を高めるためには、分子となるキャッシュ・フローをいかに創出するか、そして分母となる「資本コスト-成長率」をいかに小さくするかが重要になる。

 この算式の中で味の素は、成長率の引き上げに戦略的に取り組んでいる。水谷氏は「成長が見込める分野を徹底的に見定めて投資をしています」と強調する。

 ちなみに、図1右側の「スピードアップ×スケールアップ」の部分は、2025年2月に就任した社長の中村茂雄氏が重視する、目下の注力ポイントだ。中村氏は、スピード感が重要な半導体絶縁材料事業を立ち上げた人物であり、同氏の知見を生かした全社的な取り組みとなっている。

 目標に向かって企業価値を高めていくプロセスはどうなっているのか。

 経営会議で議論する項目は基本的な内容ではあるが、大前提として、自社の価値を適切に評価することを重視している。この過程で、評価した価値と市場における時価総額との間にギャップが見つかったら、その要因も探っていく。

 次の段階で最も時間を割くのは、ポートフォリオマネジメントである。他社の優れた事例の研究にも余念がない。日々の活動の中では、キャッシュ・フローを向上させるための収益改善の状況に注視し、状況により資本戦略をアップデートするというプロセスを繰り返している。一連のサイクルを、味の素では「価値創造プロセス」と呼んでいる(図2)。

 水谷氏は「価値創造プロセスの中で特に私が重要だと考えているのは2つ」と語る。

 1つがDCF(※1)におけるPGR(永久成長率)だ。図1でいうと、分母を小さくする部分に当たる。PGRの水準を0.5%でも引き上げるために何かできるのか、といったことを議論するという。

※1 ディスカウントキャッシュフロー法の略。将来的に見込まれるキャッシュ・フローを現在の価値に割り引いて合計し、その結果を企業の価値とみなす評価方法のこと。

 2つめの手法としてはSOTP(※2)がある。SOTPでは「事業ごとに競合各社と比較し、自社の競争優位性がどこにあり、他社の競争優位性とどのような違いがあるのかを精査しています」(水谷氏)という徹底ぶりだ。

※2 Sum of the Partsの略。事業ごとにマルチプル(評価倍率)を用いて分析する手法のこと。