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 25歳でダンキンドーナツの経営を引き継いだ若きCEOは、売上高1000万ドルの小規模チェーンをいかにして25億ドルの世界的企業へと成長させたのか? 『世界最大ドーナツチェーンの成功法則』(ロバート・M・ローゼンバーグ著、茂木靖枝訳/早川書房)から一部を抜粋・再編集。1963年から98年にかけて同社を率いたロバート・M・ローゼンバーグ氏の「経営の軌跡」を振り返る。

 フランチャイズオーナーから集団訴訟を起こされたダンキンドーナツ。リーダーたちは、どのように自分たちの過ちに気付き、改善に乗り出したのか?

コミュニケーション

 その苦難の時期には、ほかにもさまざまな活動が重なり、当社の経営陣とフランチャイズオーナーの両方に対するコミュニケーションプログラムの実施が妨げられることとなった。結局、その怠慢の代償は恐ろしいほど高くついた。

 9人のフランチャイズオーナーが、会社が潰れかねない集団訴訟を起こし、それに加えて、数人のフランチャイズオーナーが、自分たち自身の組合を結成しようと運動を起こしたのだ。

 わたしはとっさに怒りを覚えた。このフランチャイズオーナーたちは大半が恩知らずで、常軌を逸した行動をとっているように思えたからだ。なにしろ、彼らは当社のシステムで最も成功した人々であり、ダンキンドーナツのシステムがなければ到達できなかったはずの富を築く途上にいるのだから。

 しかし、ある夜、居間のお気に入りの椅子にすわり、ジャーナリストのデイヴィッド・ハルバースタムが執筆した、当時刊行されたばかりの『ベスト&ブライテスト』(サイマル出版会)を読んでいるときに、その見方は一変した。

 ハルバースタムは、ケネディとジョンソン両政権のベトナム戦争管理における失敗のストーリーを語っている。ハルバースタムの見立てでは、アメリカ側は、ロバート・マクナマラやマクジョージ・バンディのようなハーバード大学やイェール大学で教育を受けた聡明なマネージャーたちによって戦争が遂行されていた。これらの指導者たちは、米国が提供しうる“最良の、最も聡明な人々(ベスト&ブライテスト)”だったが、ハルバースタムが言うところの“驕(おご)り”に苦しんでいた。

 指導者たちは、現場から得た統計や情報、そしてみずからの洞察力に頼っていた。惜しむらくは、ベトナムの町や集落へ足を運ばなかったことだ。事実と真の問題を理解するために、最前線にいる地域のリーダーと話をすることもなかった。その結果、アメリカは南ベトナム市民の人心を失い、戦争に敗れた。