
お客さま第一、顧客視点と言いながら、最も重要な顧客が見えなくなっている企業が多い──。そう語るのは、P&G、ロート製薬、ロクシタンジャポン、スマートニュースなどでマーケティングの要職を務めたStrategy Partners代表取締役社長 兼 Wisdom Evolution Company代表取締役社長の西口一希氏だ。顧客理解を深め、事業を成長へと導くために、どのような取り組みが必要なのだろうか。2024年9月に『ビジネスの結果が変わるN1分析 実在する1人の顧客の徹底理解から新しい価値を創造する』(日本実業出版社)を出版した同氏に、顧客心理を徹底理解するためのアプローチ「N1分析」や、アサヒビールにおけるN1分析の実践例について聞いた。
「N1分析は難しい」という読者の声に応えたい
──西口さんは、1人の顧客の心理を徹底理解する分析アプローチ「N1分析」を提唱しています。これまでもさまざまなマーケティング手法に関する書籍を執筆していますが、N1分析に焦点を当てた今回の著書『ビジネスの結果が変わるN1分析』は、どのようなきっかけから出版に至ったのでしょうか。
西口一希氏(以下敬称略) 一番の理由は、読者から「N1分析は難しい」という声を多くいただいていたことです。
最初の著書『顧客起点マーケティング』では、「5segs(ファイブセグズ)」や「9segs(ナインセグズ)」といったフレームワークとともにN1分析を紹介しました。この手法は、市場をいくつかのセグメントに分け、その中の1人(N1)を起点として潜在的なニーズ(インサイト)を洞察するアプローチです。内容が分かりやすく伝わるようにさまざまな事例を盛り込みましたが、それでも読者から「5segsや9segsはある程度理解できるが、N1分析は難しい」という声が多く寄せられました。
その後、マーケティング初心者のための書籍『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』を出版したり、オンラインサロンを開設したりする最中、同じような声をいただいたことで、本書の出版を決めました。
――N1分析の難しさは、どのような点にあると考えていますか。
西口 N1分析に取り組んだからといって、数人のヒアリングでアイデアがひらめく訳ではない、という点だと思います。分析の過程では、顧客一人一人の心理を「N1インタビュー」によって深掘りし、「本当に顧客が喜んでくれる価値は何なのか」を問いながら、価値を探り、つくり上げていく試行錯誤のプロセスがあります。
本書では、それら一連のストーリーを端折らずに紹介することで、N1分析の本質を読者に理解してもらいたいと考えました。そのためにも、私が理論やプロセスを解説するパートは最小限にとどめ、実際にN1分析を実践している人の「生の声」を多く掲載することで、顧客価値を発見・創出するプロセスを体感的に理解しやすい構成としました。