味の素は当時、ブラジルをインドネシアやタイなどと並んで「5スターズ」として新興国の重点地域に位置づけていた。西井のトップ就任が決まった直後、サンパウロにある味の素のオフィスを訪れたことがある。
そこには、調味料、粉末ジュース、飼料用アミノ酸など多くの自社製品が並んでいた。「社員でも別事業にかかわっていれば製品名さえ知らない」。従業員が社長室を訪れた際に、自分が所属する部署以外の製品を知ってほしいとの願いがこもっていた。社内の風通しを良くしようとしてきた西井の方針を象徴するこだわりの部屋だった。
ブラジル時代の西井は社内向けに経営計画を説明する機会も新たに設けて、コミュニケーションを重視してきた。ブラジルは欧州やアフリカ、アジアといった世界各地からの移民で成り立ってきた国で、混血が進んでいる。「多様な価値観を当たり前に認め合っているからこそ、経営がフェアかどうかについての感度が非常に高い」と感じていた。
ブラジル法人の社長を務めていた約2年間で、普段は明るく接してくるブラジル人社員でも、西井を冷静な目で評価している印象を受けた。「ブラジルはグローバル味の素の縮図といえる。非常に良い経験を積めた」と振り返る。
ブラジル法人の社長から本体の社長への就任という事例について、ブラジル日本商工会議所で当時、事務局長を務めていた平田藤義は「聞いたことがない」と話していた。1967年からブラジルに在住し、ロームの現地法人社長を経験したブラジルでの日本企業の生き字引的存在の平田にとっても驚きのニュースだった。
日本企業の現地幹部からは「西井さんのプレゼンはすごく分かりやすかった。リーダーとしての資質を感じる」といった声を複数聞いた。同じ国に、同じタイミングで駐在していると、企業の枠を超えて、交流を深める機会が多い。ブラジルで働いていた「同僚」の出世に、自らの将来を重ね合わせたブラジル法人幹部も多かった。
2010年ころ、「シンガポール派」の伸長が話題を呼んだことがある。パナソニックの大坪文雄、三菱商事の小林健、旭化成の藤原健嗣という各社の社長は、いずれもシンガポールの現地法人の社長や支店長を経験して上り詰めた。「ブラジル経由経営トップ」という道が今後は一段と拓けていくことを願いたい。
<連載ラインアップ>
■第1回 メルカドリブレ、アマゾン、エリクソン…ブラジルのEC市場はどう急成長し、ネットは貧民街をいかに変えたか?
■第2回 ブラジルで人口の約7割が利用する電子決済「PIX」は、なぜクレジットカードを超えるほどの市民権を得たのか?
■第3回 「今後は銀行の実店舗が消える」ブラジル発のネット銀行「ヌーバンク」はいかにして南米の金融市場を変革したのか?
■第4回 SOMPO、ダイハツ、味の素…ブラジル駐在経験者が企業トップに就くケースが目立ち始めた理由とは?(本稿)
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