中銀が即時決済システムを構想し始めたのは16年に遡る。17年に中銀内での議論が具体的に始まり、18年にはワーキンググループが立ち上がった。19年には約1500人を対象にした調査を実施し、より具体的な準備が始まった。当初は民間銀行やIT企業への委託なども検討したというが、「十分な関心が示されなかった」(中銀でPIXを担当しているブレノ・ロボ)という。

 予算は19年から20年にかけては600万レアルで、今後はメンテナンスに毎年400万レアルかかるという。中銀内の担当者は60人程度で、それ以外に外部の担当者が20人ほどかかわっている。

 中銀としては「金融包摂につながる」(カンポス・ネト総裁)のが大きな利点だ。ブラジルでは銀行の口座開設には多くの書類が必要で時間もかかる。低所得者層や非公式に就労する人を中心に銀行口座すら持っていない人も多い。

 ブラジルには全国で5500以上の自治体があるが、このうち4割強に銀行の支店はない。地元紙フォリャ・ジ・サンパウロによると、20年3月から21年8月までに2080の支店が閉鎖となり、今後も削減は加速するとの見方が主流だ。

 ネット銀行ヌーバンクは低所得者層や銀行の支店がない地域の人々を顧客として開拓し事業を拡大した。21年12月にニューヨーク証券取引所に新規株式公開(IPO)を果たした際の初値での時価総額は約520億ドルと、上場ブラジル企業で3番目の規模となった。

 PIXはそうしたネット銀行からも漏れている人々を取り込める可能性も秘めている。例えば、先に取り上げたアンドラジは銀行口座を持っていない。自身の「PIXキー」を、電子商取引大手メルカドリブレが手がける決済サービス「メルカドパゴ」の「口座」にひもづけている。銀行ほどは審査が厳格でないフィンテック企業の口座を対象にすれば、PIXを使える層は広がる。

 アンドラジはもともとはマンションの清掃員として働いていたが、新型コロナウイルスの感染が広がり始める直前に失業し、ここ2年は就業していない。道路での「収入」をおむつや牛乳といった生活必需品の購入にあてている。

 サンパウロ州サンマテウスに自宅はあり、ホームレスではないが、妻と11歳、7歳、3歳、2歳の4人の子供を抱える苦しい生活の一端は、PIXというインフラが支える可能性も大きい。

<連載ラインアップ>
第1回 メルカドリブレ、アマゾン、エリクソン…ブラジルのEC市場はどう急成長し、ネットは貧民街をいかに変えたか?
■第2回 ブラジルで人口の約7割が利用する電子決済「PIX」は、なぜクレジットカードを超えるほどの市民権を得たのか?(本稿)
■第3回 「今後は銀行の実店舗が消える」ブラジル発のネット銀行「ヌーバンク」はいかにして南米の金融市場を変革したのか?(12月25日公開)
■第4回 SOMPO、ダイハツ、味の素…ブラジル駐在経験者が企業トップに就くケースが目立ち始めた理由とは?(1月8日公開)

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