トクヤマ 執行役員 デジタル統括本部長 兼 DX推進グループリーダーの坂健司氏(撮影:千葉タイチ)

 DXの本質は「ビジネスに変革を起こすこと」といわれる中、あえて「私たちのDXは『デジタル化』も含める」と定め、地に足の着いたDXを行っているのが総合化学メーカーのトクヤマだ。こうした方針は、同社の全社的なDXプロジェクト「トクヤマDX」(以下、TDX)を始めるに当たり従業員に行った意識調査を基に決めたという。具体的にどのような施策を進めているのか。TDXの一環として教育に力を入れる理由とは。同社 執行役員 デジタル統括本部長 兼 DX推進グループリーダー 坂健司氏へのインタビューの模様を2回にわたってお届けする。(前編/全2回)

世の中のDX論を意識し過ぎず、トクヤマなりのやり方で

――TDXのプロジェクトを立ち上げる際、まず従業員の意識調査を行ったとのことですが、どのような狙いがあったのでしょうか。

坂健司氏/トクヤマ 執行役員 デジタル統括本部長 兼 DX推進グループリーダー

1992年住友金属工業(現、日本製鉄)に入社。製造技術者としてキャリアを重ね、British Columbia大学での客員研究員、製鋼工場長等を歴任後、2010年にインドに駐在、現地法人の取締役として事業を展開する中、デジタル変革の潮流に触れる。2014年MBA取得。2015年に帰国後は日本製鉄、経営企画部上席主幹として海外事業、IT戦略等を推進。2020年にDX責任者としトクヤマに入社し、全社DXプロジェクトを企画推進中。2023年より現職。

坂健司氏(以下敬称略) DXは、外部の考えや「こうあるべき」という論理を従業員に押し付けるのではなく、従業員の考えや当社の実態など、内部の状況に寄り添って進めることが大切だと考えました。

 私が当社に来たのは、2020年11月でした。そのすぐ後にTDXの基本方針を決めることになり、各部署をくまなく回って従業員の意識調査やヒアリングを行いました。当社がこれからDXを進めることに対し、あるいは「デジタルで変革を起こす」ことに対し、従業員の思うところをニュートラルに、自由に意見を出してもらったのです。

 そこで一つ分かったのは、先進的な取り組みをする部署がある一方で、DXに対する戸惑いや懐疑的な声が少なくなかったことです。DXに力を入れるよりも、もっと他の部分の改善に注力してほしいといった意見が想定以上に聞かれました。当社は100年を超える企業です。その歴史は資産であり強みですが、DXに対しては歴史の長さが保守的な気持ちを生んでいたのかもしれません。DXのモチベーションもリテラシーも、決して高い状態ではなかったと言えます。

 こうした状況を鑑みたとき、世の中で言われるDX論や先進事例を意識し過ぎず、トクヤマはトクヤマなりの、実態に即したDXを進めようと考えたのです。よく、DXはデジタル化や業務効率化が本質ではなく、X (トランスフォーメーション)が重要だという話が聞かれます。しかし、私たちは決してデジタル活用が進んでいる企業でもありませんし、従業員の意識やリテラシーを考えれば、まずは基本的なところからでも良いので、デジタル活用の土台作りを含めて行うことが大切でした。

 すぐにでもデジタルによる変革を目指せる領域には先端のテーマを設定しつつ、全社的にはデジタル化や業務効率化も含めてDXを行おうと考えました。それにより人や時間の余力を作り、変革へのリソースを確保していくのが理想です。