習近平国家主席が提唱した「新質生産力」。これにより、中国はいかなる発展を遂げようとしているのか。写真:新華社/アフロ

 2024年3月11日、中国の国会に当たる全人代(全国人民代表大会)が幕を閉じた。

 今年の全人代は「どのような景気刺激策が打ち出されるか」に世間の関心が集まったが、著者が注目したのは「政府活動報告の主要タスクに『新質生産力の発展』が盛り込まれ、『AI+(プラス)』政策が発表されたこと」だった。

 今回は、中国が今、目指す発展の方向性となっている新質生産力の発展と、それを具現化するAI+政策について解説したい。

新産業の育成を経済発展のけん引力にする

 新質生産力は習近平国家主席が提唱した言葉で、2023年秋から習氏が中国の関係者と話す際に頻度高く出てくるようになったもの。2023年12月に行われた、2024年の中国の経済政策方針を決める中央経済工作会議でも使われている。

 新質生産力の発展とは「新たな質の生産力で質の高い発展をする」という意味。鄧小平氏が唱えた「科学技術が第一の生産力(科学技術が経済発展において最も重要な要素)」を彷彿とさせるが、新質生産力の発展では「新産業の育成を経済発展のけん引力にすること」が強調されている。

 要するに、ここ数年強調されてきた「イノベーションで既存産業をアップグレードする」「ハイテクへの注力で未来志向型産業を育成する」「デジタル化の加速とデジタルエコノミーの発展を目指す」という考え方である。

 この実現のために李強首相が明らかにしたのがAI+政策だが、これは2017年の政府活動報告で発表された「インターネット+」政策と位置付けが似ている。

 当時、中国ではデジタルエコノミー振興のために、インターネット(デジタル)の力を駆使し、あらゆる分野のDXを加速させようとした。実際、これにより中国社会のデジタル実装が一気に進んだわけだが、AI+政策も同様に、中国でのAI活用を進め、デジタル化の加速が起こることだろう。

 AI+政策により、既存産業では工作機械開発が技術力と付加価値の高いハイエンド製造に進化したり、家電などの工場生産を無人工場で行ったりするなどアップグレードが進むだろうし、未来志向型の新たな産業として映画の自動生成が実現するような新しいコンテンツ作りが可能になりそう。同時にAI向け半導体の開発で次世代情報技術産業が育成されることも期待されている。

重要な技術としてAIの位置付けがさらに高まっている

 これまで中国におけるAIの位置付けは、デジタル技術の代表格である「ABCD5G(AI、ブロックチェーン、クラウド、データ、5Gの略語)」の一つであったが、ここに来て、それが新産業の育成に不可欠な技術として重要な位置付けへと変わってきている。

 この背景にはAI分野で先行する米国との先端的な技術開発力の差への危機感がある。

 米オープンAI社がChatGPTを公開した際には、中国でもその話題が絶えなかったし、直近でも同社がリリースした動画生成AI「Sora」(文章で指示すれば、高品質な動画を自動的に生成するツール)も、映像やゲーム、広告などコンテンツ作成関連業界に影響を与えるに違いないと大きな話題となった。

 ChatGPTへの対抗策として、中国のテック企業各社はこぞって生成AI分野に参入し、多くのモデルを開発・リリースしだが、精度の向上が課題となっていることは以前紹介した(「大手テック企業がこぞって発表、中国版『ChatGPT』の実力は?」 )。

 Soraに対して中国企業はどこまで対応できるのか。中国国内では「オープンAIの技術力の蓄積と進化をリスペクトしながらも、映像の生成AIに関しては大きく後れを取っていない」との見方が多いようだが、現状では世界で「Sora」と対抗する力はまだないと著者は考えている。