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「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ――。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか? 本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク――「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第3回は、第2回に続き金属部品メーカーFAVIに焦点を当て、「解放企業=Why企業」へと生まれ変わった同社のエピソードを取り上げる。

<連載ラインアップ>
第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(本稿)
第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?
【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)
【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)

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■清掃員がもたらした感動

 1985年、ゾブリストがCEOに就任して2年後のこと。午後8時30分、社員全員が帰宅した後の職場で夜間清掃員のクリスティーヌが仕事をしていると、工場の電話が鳴った。クリスティーヌはそのことを知らなかったのだが、電話をかけてきたのは、FAVIにとっては新規の重要顧客であるイタリアの自動車メーカー、フィアットの監査人だった。彼はパリの空港に到着したばかりで、FAVIから誰かが迎えに来てパリ郊外のピカルディまで車で送ってくれると思っていた(空港からピカルディまでは90分かかる)。翌日の朝一番でFAVIとミーティングをする予定で、FAVIの工場がフィアットの品質基準に合っているかを確認することになっているという。

 クリスティーヌは、電話の相手が空港で出迎えを待っている訪問者であることを知ると、待ち合わせ場所を決めて電話を切った。ゾブリストがこのいきさつを振り返る。

「私はその日、監査人の方が到着する予定だった午後七時まで待っていたのですが、多分何か不都合が生じたのだろうと考え、帰宅していたのです。翌日の朝8時30分に、私の事務所で会った時にはびっくりしましたよ。彼はこう言いました。『昨晩は、とっても不思議なことが起きましてね9』」

9. 本人へのインタビュー(2005 年4月8日)

 フィアットの監査人によると、前日はあまりに急いでいたので、遅刻の連絡ができなかったという(当時、携帯電話はなかった)。空港に着いてFAVIからの迎えが誰もいないことがわかって会社に電話した。すると驚いたことに、電話に出たのは控え目な女性の声だった。彼は、確かに約束の時間には遅れたけれども、FAVIは自分を迎えに来てくれるという約束だったと説明した。すると、電話に出た女性が来てくれて、空港で彼を救い出し、ホテルまで自動車で送って「ごゆっくりお休みください」と言って別れた。

 フィアットの監査人はゾブリストに言った。

「彼女はとっても親切で、丁寧だったのですが、奇妙なことに、どうも私がどこの会社から来た誰なのかをまったくご存じなかったようなのです」 

 しかし、もっと奇妙だったのは、この重要な訪問者を乗せてくれた謎の運転者の正体がまったくわからないことだった。

 ゾブリストはミーティングを終えると何人かに電話して、ようやくクリスティーヌにたどり着いた。そこで明らかになった顚末は以下の通りである。クリスティーヌは訪問者の電話を切ると、とっさに社有車の鍵の一つを取った(その鍵は常に工場の入口の近くにぶら下げてあり、車を必要とする従業員なら誰でも利用できるようになっていた)。そして空港まで車を走らせ、訪問者をホテルに送り届けると会社に戻り、3時間前に中断した清掃を終わらせたのだという。