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 ビジネスや社会生活にAIが急速に浸透すると同時に、AIに関する倫理やガバナンスにも注目が集まっている。本連載では、Deloitte AI Instituteのグローバルリーダーが著した『信頼できるAIへのアプローチ』(ビーナ・アマナス著、森正弥・神津友武監訳/共立出版)より、内容の一部を抜粋・再編集。AIの活用に潜む落とし穴、積極的に利用するために必要なリスク管理、AIを信頼できるものとして用いていくために押さえておくべきポイントについて解説する。

 第1回目は、AIがビジネスにもたらすインパクトへの期待が膨らむ半面、見過ごすことのできない信頼性や倫理について考える。

<連載ラインアップ>
■第1回 Deloitte AI Instituteのグローバルリーダーが考える「信頼できるAI」とは?(本稿)
第2回 AIに履歴書を読み込ませれば、優秀な人材を本当に素早く選び出せるか?
第3回 バイアスのあるデータで学習したAIが、ビジネスに与える深刻な影響とは?
第4回 CEOは男性、秘書は女性?なぜ人間が作るデータにバイアスがかかるのか?
第5回 AIを使うべきか使わぬべきか、リーダーとデータサイエンティストの責任とは?

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まえがき

 人類の歴史には明らかなターニングポイントがいくつかあり、私たちは今その真っ只中にいます。人工知能(Artificial Intelligence:AI)は、私たちの目の前で息もつかせぬ速さで世界を変えようとしています。

 社会のいかなる領域も、市場のいかなるセグメントも、AIと無縁ではいられません。この変革は、私たちがこれまでに編み出したどのテクノロジーよりも、最もポジティブなインパクトをもたらす可能性を持っています。こうした状況は、明るい展望と刺激に満ちたものです。AIの時代が到来したのです。

 今日では、例えば、ジェットエンジンの故障を予測して、安全性を向上させたり、事故を未然に防いだりすることができるようになりました。医療では、病気を早期に発見し、患者の治癒の可能性を高めることができます。陸、海、空、そして宇宙では、自動運転による輸送手段が進化を遂げています。

 そして、ビジネスにおけるあらゆる場面で、新たな価値を持つ強力なソリューションが提供されています。より迅速な顧客サービス、リアルタイムの計画の調整、サプライチェーンの効率化、さらにはAIの技術革新そのものも、現在広く展開されているコグニティブツールによって劇的に変化し、改良されました。

 AIがこれほどまでに盛り上がった時代は、間違いなく過去にありません。一方で、期待や可能性の高まりと対照的に、AI倫理への関心はそれほど高まってはいません。世間の関心を集めているのは、AIの認知バイアスを問題視し、特定のケースをことさらに取り上げて、ネットユーザーを煽るような見出しばかりです。

 AI倫理と信頼に関する議論でそのような雑音が多いと、AIの力に見合った信頼を担保する方法について検討したり意見形成をしたりすることを妨げます。

 企業での業務経験がある人なら誰でも、新しいテクノロジーを取り入れる際につきものの難しさを知っているでしょう。技術の導入、トレーニング、設備投資、業務プロセスの見直しなどを考えると、テクノロジーで価値を実現することは簡単なことではありません。ましてや、倫理や信頼といった漠然とした概念を同時に追求することは、非常に大変なことです。

 しかし、それでも、企業はこれらの課題に取り組まなければいけません。幸いなことに、明るい材料はいくらでもあります。AIにおける信頼と倫理への取り組みは決して遅れているわけではなく、まさに今が行動を起こすべきときであるということなのです。その問題意識が、本書執筆の発端でした。

 人類がイノベーションを前にして、倫理面での未知との遭遇をするのは、今に始まったことではありません。したがって、私たちは、技術、倫理、そして私たちが使う技術に対する信頼というニーズを調和させる方法を編み出せるはずです。解決策は、私たちに見つけられるのを待っていると言えるでしょう。

 しかしながら、信頼できるAIという問いに対して、単一の解決策や万能の答えは決して存在しないでしょう。AIの開発に従事しているとしても、あるいは単にAIを使っているとしても、組織的な観点から、すべての企業は、自社にとって信頼できるAIとは何かを見極め、そのビジョンに沿って設計、開発、展開することが求められます。