インバウンド客でにぎわう大阪・道頓堀の「どうとんぼり神座」。右隣は2023年6月に新業態としてオープンした「麺屋道頓」がある

 これは「団塊の世代の経営者による飲食業の起業と、2代目として事業承継したその子息が会社を大きく変貌をさせつつある」という話だ。その舞台は大阪・道頓堀発の「どうとんぼり神座(かむくら)」(以下、神座)。神座といえば、白菜の甘みが利いた醤油ベースの優しい味わいのスープが特徴で「飽きがこないラーメン」として定評がある。このラーメンは創業者である布施正人氏(1949年12月生まれ)が生み出したもので、1986年7月に道頓堀に4坪9席の店で提供を始めると、たちまち行列の絶えない店となった。

神座はラーメン店の常識を変え続けてきた

 布施正人氏は鹿児島の出身で、フランス料理のシェフを目指して上京。羽田空港のホテルに勤務した後、大阪に憧れて大阪の洋食店に転職した。以来、さまざまな飲食店勤務を経験し、1976年7月、大阪・肥後橋でパブレストランを開業する。当時、販促の一環で行った「10円コーヒー」が大層人気を博したという。これをきっかけに食事がメインの飲酒店を展開し、その後、「どうとんぼり神座」の誕生に至る。

どうとんぼり神座のベーシックな商品「おいしいラーメン」740円(税込み)。定番メニューのバリエーションが豊富で、期間限定メニューも提供する

 筆者は外食記者歴40年になるが、布施氏の大胆で挑戦的な経営にはいつも感銘を受ける。筆者が神座を取材するようになったのは1990年代の半ばごろからで、当時の神座は道頓堀に象徴されるダウンタウンと郊外ロードサイドの2本立てで店舗を展開していた。

 当時の布施氏は「ラーメン業界を変える!」と意気が揚がっており、実際、郊外ロードサイドの店舗は、まさにラーメン店の常識を変える存在だった。中でも1998年2月にオープンした長吉店(大阪府八尾市)は異彩を放っていた。同店は108坪141席と、ファミリーレストランとしても大型の部類に入る規模が特徴で、オープン初日には4000人が来店。客単価800円程度で月商7400万円を売った。

 そして、2003年12月に東京・新宿の歌舞伎町に出店。1階2階の構成で96坪69席、全面ガラス張りで「ラーメン屋さん」のイメージを塗り替えた。

 その神座が「再び、攻めている」と筆者が感じたのは今年に入ってからだ。全国から繁盛店を集めた東京駅の商業施設「グランスタ八重北」に出店したほか、秋葉原駅前のヨドバシAkiba、浅草の新仲見世通りで以前大手ラーメン店チェーンが営業していた物件にも出店。「コロナ禍で店が入れ替わるとは、こういうことだ」と感じた。

 そして、今年7月、神座をグループ会社とする理想実業が創業以来の最高売上を達成したことを知る(年商98億円)。年商は30億円から100億円へ、店舗数もグループ100店舗体制となった(「神座」国内82店舗・海外1店舗、グループ会社ZIPANGUが展開する20店舗/2023年11月末)。

 神座が力強く前進していると感じ、現社長の布施真之介氏(1983年11月生まれ、40歳)に大阪・中之島のオフィスでインタビューをした。