「今困っているわけではないのだから、わざわざ新しい仕組みを導入しなくてもいいのではないか」こうした声により変化が進まない例は、世の中のあちこちで見られるのではないだろうか。当連載は、オランダなどで浸透する社会構造を変化させる最先端の手法を解説した『トランジション 社会の「あたりまえ」を変える方法』(松浦正浩著/集英社インターナショナル)から一部を抜粋・再編集。合意形成し、軋轢を生まずに古い仕組みを新しく変えるための実践法をお届けする。

 第3回は、新たなルールや習慣を押しつけるのでなく、人々の共感を得ながら「新しいあたりまえ」をつくる「トランジション・マネジメント」の具体的な進め方について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜ裸で外を歩いてはいけないのか?社会が大きく変わるトランジションとは
第2回 歴史的偉業、ホンダのCVCCエンジン誕生のきっかけとなった「無茶振り」とは?

■第3回 ロイヤル・ダッチ・シェルを擁したオランダは、なぜ脱炭素化を加速できたのか(本稿)

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トランジションを加速させる

 トランジションとはなかなか進まないものです。しかし、だからといってあきらめて待っているだけでは、社会の崩壊を招きかねません。我々はトランジションが必要だということを、産業革命以降に急速に発展した科学技術を使って事前に理解できます。なので、そのときが来るのを待つのではなく、私たちの意思でトランジションを起こすべきです。

 トランジション・マネジメントは、将来のためにトランジションをいまのうちから「加速」させて、できるだけ穏便かつスムーズにトランジションを実現するための方法論です。この考え方はオランダ政府が2000年ごろから取り入れはじめ、次の章で紹介するように、同国南部のロッテルダム市を中心に、利用されてきました。

 オランダは以前から「合意形成国家」として有名でした。国土の大半が低湿地であったため、農地を堤防で囲んで干拓することで、農業国として発展を遂げてきました。また現在の国土面積の20%は干拓によって新たに造成された土地だとも言われています。堤防や排水施設の維持管理が人々の生活にとってきわめて重要で、そのためには地域の人々みんなの協力で施設を管理しなければなりませんでした。

 結果として、人々が話し合って合意に基づいて地域を管理するという伝統が生まれました。戦後は、ネオ・コーポラティズムと呼ばれる体制を構築し、経済団体、労働団体、政府が話し合いで協調的に政策を進める「社会経済協議会」が設立されました。最近ではワークシェアリングの成功も、この労使協調による合意形成の賜物のようです。

 しかしこの「よき伝統」が同時に足枷となることに気づいたのもオランダでした。気候変動による海面上昇は、干拓によって拡大してきたオランダの国土に大きな影響をもたらします。しかし、オランダでもっとも有名な企業といえば、国名を企業名に含むロイヤル・ダッチ・シェルです。石油産業の利害を重視するならば、脱炭素へのトランジションは前へ進みません。だからこそ、いかにもオランダらしい合意形成モデルからあえて脱却して、トランジションを加速させるためのトランジション・マネジメントが模索されるようになったのでしょう。

 トランジションを加速するということは、人々が、従来の古いやり方をやめて、新しいやり方へと転換するのを後押しする、ということです。「トランジションが必要だ!」と叫ぶだけでは、トランジションは進みません。上から目線で高説をたれようものなら、逆に反発を受けて、むしろ社会の転換を遅らせてしまうでしょう。