商品やサービスの価格高騰が大きな課題となっている日本。書籍『プライシングの技術』の著者で、野村総合研究所 グローバル製造業コンサルティング部の下寛和氏は、商品やサービスの価値に見合った価格を設定し、利益を確保することが重要だと語る。後編となる本記事では、プライシングの分野で先進的な取り組みを進めるグローバル企業の事例や、日本企業が最適な値付けを行うために必要なマインドチェンジについて紹介する。
■【前編】コスト高に直面する日本企業を救う「プライシングの科学」
■【後編】プライシング先進企業に学ぶ、組織の利益最大化を実現する「3つの条件」(今回)
「値付けのスタンス」一つで結果が大きく変わる
――「価格と利益の構造」を理解する上で役立つ事例があれば、教えてください。
下寛和氏(以下敬称略) スポーツアパレル業界の事例を紹介します。新型コロナの影響でアディダスやアンダーアーマーは売上低下を補うため、EC販売価格や卸売価格を大きく下げました。その結果として、90%近く利益を下げてしまいました。
一方、ナイキは商品価値に見合った値付けを徹底し、世界トップの売上規模と利益率を維持しています。値下げをするどころか、流通での値崩れも防ぐ取り組みを進めることで、時価総額も過去最高を記録したのです。
「値付けのスタンス一つで結果が大きく変わる」ということが証明された事例といえます。
ナイキの直営店では、「いくらの商品がどれくらい売れたか」という情報をデータベースに蓄積しています。そのデータを活用し、新商品の値付けをしているわけです。「生み出したい利益」を過去の推計から導くことができ、しかもデータの裏付けがあるため説得力もあります。
「価格を1%」上げた場合に売上数量が何%上がるかを「価格弾性値」といいますが、こうしたデータを使ってシミュレーションができれば、社内での決裁も得やすくなります。プライシングの先進企業ではこういった仕組みを構築し、最適な意思決定をスピーディーに行っています。
――値下げをするかどうかで明暗が分かれた事例ですね。プライシングを行う上で役立つ考え方やフレームはありますか。
下 例えば、人間は「選択肢の中から選びたい」と考える生き物でありながら「選択肢が多すぎると購買行動から遠ざかる」という特性があります。
マーケティングの世界では「松・竹・梅」といった三つの価格帯を用意し、真ん中を選びたくなる心理を利用することで、高価格帯・低価格帯の選択肢を設計することが賢いプライシングだと言われています。
定食屋の例で考えてみましょう。栄養バランスの良い「日替わり定食」が950円、「玉子丼」が900円、「国産牛焼肉定食」が2500円だったとします。「国産牛焼肉定食」の2500円は高価格帯ですが、「日替わり定食」「玉子丼」では50円しか差がありません。それならば、栄養バランスの良い「日替わり定食」を選ぶことに何の抵抗もないはずです。
しかし、「玉子丼」を500円、「国産牛焼肉定食」を1200円にしてしまうと、「日替わり定食」以外を選ぶ人が増えてしまいます。最も利益率の良い品が「日替わり定食」だった場合、選択肢が割れてしまうと利益が下がってしまうため、店側としてはプライシングの失敗と言えるでしょう。
3つの選択肢を用意した上で、望ましい落とし所に誘導するために高価格帯・低価格帯をどう設計するか。こうした方法を駆使できるようになると良いプライシングができ、良い経営にもつながります。