BMWの工場では、世界中の設計と企画、オペレーションチームが連携して綿密なシミュレーションを行った上で、初めて現実の生産ラインが組まれ、生産プロセスがスタートするようになる。実際の生産ラインを止めて試行錯誤する過程を省くことができるので、短期化するモデルサイクルや増大するカスタマイズ需要にも迅速かつ柔軟に対応することもたやすい。
しかも世界中のBMWの社員が「エヌビディア・オムニバース」の画面を共有するだけでコラボレーションが進むというワークスタイルは近未来的で、アフターコロナの働き方改革のお手本であるとも言える。
感動的なショッピング体験を生むキヤノンのMR技術
2つ目の事例はキヤノンがCES 2023でお披露目した MR技術「MREAL」(エムリアル)である。
筆者が現地ラスベガスで取材したキヤノンの記者会見のデモでは、ステージの一部をレクサスのショールームに見立て、来客役の担当者が新型のレクサスに乗り込むシーンが鮮明な映像でスクリーンに映し出された。レクサスのボディーにタッチして色を変えたり、エンジンを始動させて高級感のあるエンジン音を聴いたりすることもできる。またMRなのでゴーグルを装着した担当者の主観映像からはウインドウ越しにステージに立つ同僚や会場の記者席も見通せるという具合だ。
キヤノンの「MREAL」はデジタルの立体イメージを現実世界に違和感なく融合し、自由な視点から鮮明な大画面映像で体験できることに独自性とアドバンテージがある。メタバースを賢く活用することで、BMWのような生産現場のイノベーションだけでなく、物を売る店舗にも革命が起きることを示唆している。
メタ的なバーチャルに閉じた考え方だと、バーチャル空間に店舗を開き、ECの代替や強化に繋げるという発想に陥りがちだ。しかし生活者視点で考えると、物を買うのにデジタルかリアルかは実はどうでもよく、常により良いショッピング体験を求めているのではないだろうか。しかし現実には買う目的で入ったリアルの店舗に欲しい色やサイズの商品がなかったりして、フラストレーションを感じることが多い(逆にECサイトでも実際の商品の色やサイズ感がわからないということもままある)。
繰り返しになるが、リアルとバーチャルが相互に作用し合い、シームレスになった時に生まれる体験の中にこそ、その真価が発揮される。
メタバースというテック主導ではなく、人を中心にして期待や想像を超えた感動体験を生み出す方向で発想していけば、メタの業績も、メタバースを活用する人間の将来もより良いものに変わってくるのではないだろうか。