しかし「幻滅期」の後にはV字回復のきっかけとなる「啓発期」が訪れる。テクノロジーが企業にどのようなメリットをもたらすのかを示す具体的な事例がぽつぽつと増え始め、第2世代、第3世代の製品が登場、投資も増える。さらに最終的に多くの企業の主流採用が始まる「生産性の安定期」に入ると、テクノロジーの適用可能な範囲と関連性が広がり、投資は確実に回収されるようになる。これらが「ハイプ・サイクル」の山あり谷ありのシナリオである。
ちなみに「ハイプ・サイクル」の「ハイプ(Hype)」とは「誇大広告」や「派手な売り込み」を意味する英語である。
メタバースの「啓発期」を切り開く次世代の活用法とは?
映画『レディ・プレイヤー1』のように交流サイトや体験型ゲームの延長線上で捉えてしまうと「メタバース=VR」(デジタルをリアル化するためのバーチャルな没入体験)と一方通行に捉えてしまいがちだ。
一度、原点に戻ってメタバースという最先端技術が何のためにあるのか、何を実現するために投資の対象となっているのか、利用者の視点で冷静に考えてみよう。
メタバースは必ずしもVR(閉じたバーチャル仮想空間)に限定したものではない。リアルとバーチャルが相互に作用し合い、シームレスになった時に生まれる体験の中にこそ、その真価が発揮される、というのが筆者の見立てだ。そしてこのことが、ハイプ・サイクルの「啓発期」を支える第2、第3の製品(ソリューション)を見出す大きなヒントになると言えないだろうか。
先駆けとなる事例を2つ上げる。
1つ目は2021年7月の「JDIR」の記事でも紹介したBMWによるメタバースを活用したリアルの生産ライン構築の取り組みだ。BMWのレーゲンブルグ工場ではラインの立ち上げに先立って「バーチャルな工場」で生産プロセス全体のシミュレーションを進めている。半導体メーカーのエヌビディア(NVIDIA)が開発したソフトウエアプラットフォーム「エヌビディア・オムニバース(NVIDIA Omniverse)」を採用し、人工知能(AI)による機械学習によって最も効率的な生産プロセスを見つけ出す取り組みを行っているのだ。
「エヌビディア・オムニバース」はさまざまな3Dモデルをシステムにインポートできるだけでなく、多数のCADパッケージとも互換性がある。また、生産プロセス全体について写真のようにリアルで細かいシミュレーションが可能になるだけでなく、作業員のアバターが部品や工具を持ったり、特定の工程を組み立てたりするシミュレーションにも対応できる。そのため、最適な生産ラインの手順を発見するだけでなく、従業員の目線に立って人間工学的な問題点を解決することにもつながる。
「エヌビディア・オムニバース」で描き出された「バーチャル工場」はいわば実際の工場という物理空間(や従業員のモーションキャプチャー)から取得したリアルなデータをもとに、仮想のデジタル空間に物理空間の双子(コピー)を再現する「デジタルツイン」であるとも解釈できる。