企業の活動では、順調に進んでいたはずの事業が傾くことがある。一方で、黒字化を果たしたり、成長を遂げ続けたりすることもある。どちらの場合も、評価されるのはリーダーの経営だ。旭化成の社長を務めていた2000年代、複数の赤字だった事業会社を黒字化させ、グループ全体の利益を従来の約3倍にさせたなどの実績をもつ蛭田史郎氏は、事業環境の変化にいち早く対応することが経営の本質と述べる。変化の見極め方や対応の取り方の極意を尋ねた。

昔のままでいると事業がおかしくなる

――2003年から7年間、旭化成の社長を務め、その後は数社の社外取締役も務めています。企業経営の本質をどう見ていますか。

蛭田 史郎/蛭田経営研究所 代表(旭化成元社長)

1964年大学(工学部)卒業と同時に旭化成に入社。約13年間は工場建設とその運転に従事。その後本社で新規事業の企画と開発、新規事業の立ち上げを経験。さらに13年後、建設に関わった工場に戻り事業の再建を主導。その後旭化成の新規事業の担当役員やCFOを経て2003年から7年間旭化成の社長に就任。社長退任後は、数社の社外取締役を務めている。

蛭田史郎氏(以下敬称略) 事業環境の変化にいち早く対応し、企業価値を最大化することが経営にとって大事なことです。

――どうして事業環境の変化への対応を重視するようになったのですか。

蛭田 旭化成入社以来、社長に就くまでの仕事で考えの土台が培われました。一例を挙げると、旭化成は「ナイロン66」という樹脂をエンプラと呼ばれる工業用プラスチック の事業に充て、高収益を上げていました。若い頃、工場で結束バンド用などを主とした樹脂などを作っていました。

 20年後、工場長としてこの工場に戻ってみると、相変わらずエンプラ向けのうち、ナイロン66の製造が主体でした。しかし、市場ではもはや純ポリマーでなく、コンパウンドと呼ばれる高機能性樹脂 の需要が高まっていました。利益構造を調べてみると、収益をほぼコンパウンド品が支えていたのです。そこで、コンパウンド品の製造に向けた投資を行い、工場をエンプラ向けからコンパウンド向けに切り替えました。これにより収益の安定化が図れ、海外展開を加速できました。

「環境が変わった時、昔のままでいると事業がおかしくなる」ことを、こうした経験から認識するようになりました。社長就任時代も、また退任以降も、事業環境の変化に対応することを重視してきました。

――対応が必要なほど事業環境が変化しているかを、どう見極めればよいでしょうか。

蛭田 二つの視点があります。

 一つは、自分たちの事業をきちんと見ることです。利益が増えている時は、その要因を考え、これからも継続していくかを考えます。一方、変調を来したり、利益が上がらない時は事業環境の変化が起きていると考えるべきです。そしてやはりその要因を考えます。つまり、実行している事業の推移から、事業環境の変化を感知することができます。

 もう一つは、社会に目を向けて、人々の価値観がどう変わったかというレベルで、その変化を読んでいくということです。多くの人々の価値観が変化すると、市場が生まれたりなくなったりします。その変化が自分たちの事業とどう関連しうるかを考えます。