上の図をご覧いただきたい。One to Oneマーケティング発想で構想した人事制度を、われわれは「One to One人事制度」と称している。この「One to One人事制度」は、各従業員の自立性をベースに、従業員一人ひとりのキャリアや働き方、ワークスタイルの志向に沿った人事制度である。
各従業員の自律性をベースに、従業員一人ひとりのキャリアや働き方、ワークスタイルの志向に沿った人事制度である。各従業員が自分の求める仕事内容やキャリアコース、働き方を選択または希望し、従業員一人ひとりに合った人事制度をつくっていく。基本的な制度としては等級を設けず、評価も育成には活用するが報酬にはつなげない。そのため、報酬は年度単位の個別交渉となり、異動・配置も各部門長と従業員との交渉で決める。まさに個別の人事管理である。
当然、現在の日本の雇用環境を見れば、一足飛びにこのような人事制度を運用することは難しい。自社に合った最適な単位で人事管理したり、個別管理や一定単位の就労コースをつくったりするなど、自社の実態に合わせて制度化を検討するとよい。ただし、これからますます多様化する従業員のニーズを満たしていくには、One to One人事制度での対応が求められてくるだろう。
なお、One to One人事制度を実現するには、インフラ整備を忘れてはならない。給与や異動・配置を交渉するためには従業員の基本プロファイル情報はもとより、職務・経歴情報や給与水準情報などの情報提供が必要になる。また、従業員の自律性を支援するためにセルフマネジメントスキルや組織マネジャー向けのマネジメントスキル、情報インフラの活用に慣れていない従業員向けのICTリテラシーなど従業員向けのスキルアップ支援も重要になる。
One to Oneマーケティング発想による今後の取り組みポイント
One to Oneマーケティング発想を持って今後、人事部門が業務に取り組んでいく際のポイントについて見ていく。
ビジネス・オリエンテッドによるライン部門支援
人事部門はライン部門のビジネスパートナーとして組織・人事面から迅速に支援することが求められる。そのためには、ビジネスを起点に人材の確保・育成を考えるビジネス・オリエンテッドが必要だ。各ライン部門のビジネスもそれぞれ異なるため、ここでもOne to Oneマーケティング発想でアプローチしていく。
HRテクノロジーの積極的な活用
One to Oneマーケティング発想では、幅広いデータを取り扱うことになるので、HRテクノロジーの活用が欠かせない。従業員一人ひとりのデータや部門の業績データなど、必要なデータを意図的に蓄積し、テクノロジーを活用して個別課題の解決につなげる。筆者も最近は、人事制度の運用支援や人材育成支援などでHRテクノロジー(機械学習)を活用してコンサルティングを進めている。アナログだけでは見切れない、マンパワーだけでは実施し切れない部分をHRテクノロジーで補完するわけだ。One to Oneマーケティング発想を実践する上で、HRテクノロジーは欠かせないツールとなる。
従業員のウェルビーイングの追求
働く価値観が多様化する中、企業と従業員をつなぎ留めるものは、その企業で働くことに意味を見いだすかどうかである。言い換えれば、「幸せ」を感じられるかどうか。幸せを感じ続けられればエンゲージメントが上がり、貴重な人材が定着する。従業員が持続的な幸福を持ち続けている状態、つまり、人的資本経営でも重要視されている従業員のウェルビーイングを追求することが重要である。従業員のウェルビーイングの実現に向けて、自社の魅力を高める必要がある。いろいろな施策が考えられるが、ウェルビーイングはプライベートも範疇に入る。従業員のプライベートに立ち入れない領域はあるが、プライベートに影響を与えることはできる。例えば、家庭の問題に立ち入ることはできないが、家族を対象にしたオフィス見学会の開催によって家族の関係性を良くすることはできる。プライベートだからといって諦めるのではなく、そのための努力もOne to Oneマーケティング発想で行っていくのである。
最後に、世界の中で生産性が低いといわれる日本。人的資本経営時代を生き抜くためには、生産性を上げ、日本を、そして世界をリードする志と能力を持つ人材が求められる。そういう人材を育てていく「気概」が、One to Oneマーケティング発想とともに今後の人事部門に必要ではないかと考える。
※本稿は『労政時報』第4000号(2020年9月25日発行:労務行政刊)に掲載したJMACコラムを転載したものです。
村上 剛 (むらかみ つよし)
組織・人事コンサルティング事業本部 本部長
兼HCM推進センター センター長
シニア・コンサルタント
大手製造会社にて総務・人事・経理、経営企画、事業開発、法人営業、業務設計コンサルタントを経験して現職。人事制度改革や人材育成推進など人材マネジメントを専門領域とする。近年は、人的資本経営の推進、ビジネスに貢献するHRやダイバーシティの推進など、より経営や事業に貢献する人材マネジメントにも注力。支援業界は、製造業を中心に、商社、金融、サービス、印刷、IT、独立行政法人など多岐にわたっている。