それでもなお、世界的な競争激化の中、市場のプレゼンスを高めていくことは簡単ではありません。
例えば、税制や規制の問題は、国全体としての制度の整合性を踏まえて考えていく必要があり、市場振興の観点だけで決められるものではありません。それでも税務・規制当局の尽力もあり、最近、かなり取り組みが進捗したものもありますし、前述の通り、東京には魅力的な条件が数多く備わっていますが、これらを海外に十分に理解してもらわなければなりません。ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、香港と、世界の主要金融市場の多くが英語を公用語としている中、東京が自らの魅力を訴えていくには、これらの市場を上回る努力が必要となります。さらに「紙とハンコ」の文化からの脱却や行政当局への提出書類の英語許容など、実務レベルで解決すべき問題も山積しています。
持続可能性と自由経済の両立
とはいえ、東京をグリーンとデジタルを意識した国際金融市場として発展させていく取り組みは、金融に限らず多くの分野や人々に恩恵をもたらすものですし、そうでなければなりません。温暖化対策によって自然災害の件数や被害を減らせれば、その受益者は市民ですし、災害対応としての財政支出が抑えられれば納税者の負担が減ります。通信環境や生活環境の改善、例えば外国語表記の拡充などの取り組みは、海外出身の金融関係者だけでなく、広範な人々の生活全般の利便性を高めることになります。
より深遠な問題として、カーボンニュートラルや脱炭素化は、従来のリスクとリターンの判断を超えた「地球の持続可能性への寄与」など、飛躍的に多くの変数の評価が求められます。例えば、短期的にはこちらのエネルギーが安上がりでも、長期的な地球全体のコストを考えれば別のエネルギーを使った方が良いとか、この「環境に優しい」といった宣伝文句は科学的裏付けの不十分な「グリーンウォッシング」であるといった、複雑かつ高度な判断が必要となるわけです。
これらを自由主義経済の枠組みで実現することが難しいとなると、では脱炭素化を実現するには統制経済による資源配分しかないといった議論になりかねません。そうなると、今度は経済の活力が失われてしまいます。地球の持続可能性と自由経済のダイナミズムを両立させる上で、「さまざまな変数を判断しプライシングを行う」という金融の機能は不可欠です。
さらに、中小企業も含めた日本の企業が持つ優れた環境対応技術などを見出し、これに世界の資金を引き付けていくことは、日本経済の今後のサステナブルな発展にも、また世界の脱炭素化にも寄与します。東京を国際金融センターとして発展させていく取り組みは、このような金融機能の発揮にとっても重要となります。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。