大手商社の一つである住友商事がグループ全体で積極的なDX戦略を展開している。2018年のDX推進組織「DXセンター」の設立を皮切りに、社内のDX案件の推進、技術子会社の設立、コーポレートベンチャーキャピタルの強化などに取り組み、2020年には経済産業省の「DX銘柄」にも選定された。同社がDXを推進する背景には何があり、どんな狙いがあるのか。同社の常務執行役員でDXセンター長でもある芳賀敏氏に話を聞いた。
豊富な「現場」をつなぎ、価値を生み出すDXセンター
住友商事のDXの軌跡は2018年4月のDXセンターの開設に始まる。その背景にあるのは、ビジネス環境の変化だ。「これまで当社は6つの事業部門がそれぞれ独自に事業を展開してきました。しかし、単一の業界の枠の中だけで収益を上げていくには限界があります。そこで、グループ企業を含めてDXという横串を通すことで組織間連携を図り、新たな価値を生み出そうと考えたのです」と芳賀敏氏は語る。
このDXセンターの役割からは、一般の事業会社とは異なる総合商社ならではのDXの位置付けが見えてくる。
DXセンターはビジネス経験者と技術に精通したメンバーで構成され、年々人員を拡充し、現在ではグローバルで150名体制になっている。通常業務は、各事業部門や400社あるグループ各社におけるDXの支援。現場に入り込んでビジネス課題を抽出し、デジタルで解決できるものにソリューションを提案・適用していく。成果の一例を挙げると、RPAの導入は本社で400件超、グループ全体では1200件超となっている。年間20万時間以上の時間を創出し、コスト効果は20億円超にのぼる計算だ。
もちろん、同社のDXは業務効率化にとどまらない。芳賀氏は「そこで得たノウハウや気付きをさらに深掘りして、新たな価値を生むための構想を練り上げています」と話す。例えば、ある業界・業種にとって使いやすくなるよう、機能や使用感を深掘りしていくVertical SaaS(業界特化型SaaS)がその一つ。同社がプラットフォームを提供して、業界全体をオーケストレーションしていく。
「中堅企業はリソース面でもファイナンス面でも独自にDXを進めていくのは困難です。そこで、私たちが間に立って、川上から川下まで業界全体をつなぐバリューチェーンを構築し、グループ企業が提供するBPO機能も加えて、日本の中堅企業のDXを支援していきます」と芳賀氏。そこで作り上げたビジネスモデルを海外にも展開していくことになる。
グローバルで幅広く事業を展開する同社には、豊富な「現場」がある。この現場でのDXを通して得た気付きや経験を新たなビジネスに生かしていけるのが同社の強みだ。そこから新たな価値を生み出すことが、DXセンターの役割の一つとなっているのである。
DXを加速するためのエンジンを内製化
同社がDXのターゲットとしているのは中期経営計画「SHIFT 2023」で次世代成長戦略テーマに掲げる、次世代エネルギー、社会インフラ、リテイル・コンシューマー、ヘルスケア、農業の5つの分野だ。これら全てでDXを進めることで、事業変革や新規事業の開発を目指している。
この変革の中心的な役割が求められるDXセンターでは、DXを加速していくための独自の体制を整備している。その一つがDX技術専門子会社として2019年7月に設立されたInsight Edgeである。
Insight Edgeの機能は大きく3つ。新しいビジネスをスピーディーに立ち上げるためのアジャイル開発、データサイエンティストの手によるデータ分析とAIモデル開発、テクノロジー分野の投資の目利きを行うビジネスデューデリジェンスである。
「DX専門の技術部隊を自前で作ったのは、ノウハウを内部に蓄積しながら、DXのPDCAサイクルを効率よく回すためです。優秀なDX専門人材を採用することにもつながります。DXのスピードは順調に加速しており、事業部門からの期待も高まっています」と芳賀氏はその効果を語る。
ここでも豊富な現場があることが有利に働く。データの分析や活用も経験の蓄積によって加速するものだからだ。Insight Edgeは設立から2年半で既に100件以上のDX案件を手掛けており、自社に蓄積したノウハウや知見を水平展開できるようになっている。
例えば、住友商事グループの新電力会社であるサミットエナジーでは、同社グループのJ:COMを通して家庭向けに電力販売しているが、過去のデータからの電力消費予測に加え、削減可能な電力消費量を推定して電力ピークを抑制する実証サービス開発や、法人顧客向けには、再生エネルギーと組み合わせたサービス開発などを支援している。また、海外の事例として、建設機械レンタル会社に対して、配送計画などの属人的な業務をアルゴリズムにより最適化する取り組みもInsight Edgeのエンジニアが取り組んでいる。
DXを加速していくためのもう一つの特徴的な体制が、グローバルに展開するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)だ。1998年にシリコンバレーにCVCを設立してから20年以上にわたってICTやメディア事業の分野で先進的なスタートアップ企業を見つけ出し、投資と新事業の創出に取り組んできた。現在では欧州、イスラエル、中国、そして日本にもCVCがあり、米国では5社のユニコーン企業が生まれている。
スタートアップが住友商事に対し、「一緒に何かできないか?」と期待を寄せるケースが多く、発掘したスタートアップの事業を住友商事グループが持つ強い事業プラットフォームと連携させることで、当該スタートアップの企業価値成長に貢献している。近年、国内では優秀なスタートアップ経営者ほど、IPO後を見据えた新規事業の構築を早い段階から意識しており、そこに総合商社としての協業チャンスを見込んでいる。
投資分野も着々と拡充してきた。従来のICT・メディア関連の分野に加え、次世代エネルギー、社会インフラ、ヘルスケア、農業など次世代成長戦略テーマに関連した投資先が増えている。「各地域のCVC拠点が本社の戦略を踏まえて活動しており、適切な投資先を効率よく探し出すことができるようになっています」(芳賀氏)